第47話「愉快な酒飲みの町」
楽しいふたりのひとときはいったん終わり。ベッドのなかですやすやと寝息を立てながら、しばしの仮眠を取った。外がすっかり暗くなって、町に明かりがぽつぽつと灯りはじめ酒飲みたちの笑いと歌声が陽気に響き、ふたりは目を覚ます。
まだいささか眠たい目をこするソフィアとは対照的にリズベットはまたすぐ窓を開けて、ケトゥスの夜の表情を見つけて「わあ、見てソフィア!」と呼ぶ。
「……まあ。みんな楽しそうね」
「うん、アタシたちも行こうか!」
「そうしましょ、三人ともきっと待ってるわ」
ロビーで受付のダリオに出かける旨を伝えると、彼は静かに頭を下げて「いってらっしゃいませ」とふたりを見送った。
町は賑やか、まるでお祭りでも行われているかのような雰囲気に、貴族も庶民もおなじく酒を飲んで酔っ払い、ところでは言い争ってみたり、かと思えば肩を組んで飲み歩く者たちもいて、ケトゥスの町が昼間とは違う別世界をみせている。
「よう、そこのお嬢さんたち! 俺はボルモン侯爵家のロドニーだ! ケトゥスは楽しんでるかい、良かったら俺たちと飲み歩かないかな!?」
「あちゃ~。ごめんなさい、ロドニー卿。アタシたち予約があって」
顔を真っ赤にしてすっかり出来上がっているロドニーと名乗った男は、仲間たちと共に顔を見合わせて残念そうに肩をすくめて「それなら仕方ないよなあ。俺たちもついてっていいかな!?」と図々しく言った。
普段の酔っていない彼ならばきっとそうではないのだろうなと感じたリズベットはなんとか断ろうとしたが、なかなかに頑固で「いいじゃないか、自分たちのぶんくらい払うぜ?」キメ顔をしてみせる。だが、背後から肩を叩かれて振り返った彼の酔いは一瞬で覚めることになる。
「あまりしつこくしないでやってくれ、ロドニー。彼女たちと約束をしているのは私なんだ、女遊びがしたいのなら他を当たってくれると助かる」
ぎょっとしてロドニーと取り巻きの男たちはすぐさまふたりから距離を取る。
「こ、これはこれはレディ・ローズ。あなたのご友人でしたか、失礼いたしました……。すぐに退散いたします、あの、本当に申し訳ない」
「酒飲みロドニー。女好きも程々にしておけよ、また打たれるぞ」
忠告を受けたロドニーが自分の頬をぺちっと叩いて照れくさそうに「実はまた女にフラれちゃいまして、ちょっと前に打たれたとこなんです」と返す。
「……ハッ、お前らしいな。ボルモン侯爵によろしく伝えてくれ」
「はい! じゃあお嬢さん方、失礼しました。今度会ったら飲みましょう!」
大きく手を振りながら去っていき、次の酒場を目指すロドニーたちに手を振り返す。ソフィアが「面白いあだ名の方ね」と口もとに手を当ててくくっと声を出した。
「ケトゥスでは有名なヤツだよ、いつ帰ってるのか分からないくらい毎晩飲み歩いてるから。だから〝酒飲みロドニー〟なんて呼ばれてる。いささか酒癖は悪いが、ああ見えて友人は多いし相手の身分を気にしないから嫌うヤツはあまりいないがね」
話を聞いていたリズベットが「もしかしてみんなのこと覚えてるんですか?」と尋ねる。ローズはこくっと小さくうなずく。
「私が不老不死だとしても彼らと関われる時間は限られている。何人見送ってきたことやら分からないが、そうしてひとつずつの出会いを大切にしてきたつもりだよ、私は。……もちろん心底ムカつく相手だろうとよく覚えてるさ」
くるりと来た道を引き返し「シャルルたちを先に待たせてる、はやく行こう」とふたりを背に歩き出す。追いかけて横に並び、ソフィアは「私たちのことも覚えていてくださいますか?」と期待するようなまなざしを向けた。
「当たり前だろう。他の誰が忘れても私は覚えててやるとも、永遠に」
「えへへ、アタシたちも魔女様の大事なお友達になれたってことだよね!」
「その認識でいい。シャルルやシトリンも気に入ったみたいだしな」
近づいてきた店の前では、シャルルとシトリンが彼女たちを待っていた。すがたを見つけて手を振り「待ってたよ! もうテーブル取ってあるから早く早く!」と急かしてぴょんぴょん小さく飛び跳ねている。
リズベットが喜んで駆け寄っていき、ソフィアもついて行こうとする。ローズがその背中「待て、ソフィア」と声を掛け、彼女は振り返った。
「……はい? どうかされましたか、魔女様」
「すこし悩んだんだが、あとで話しておきたいことがある」
坂道を寒い風が吹き抜け、ソフィアの世界からローズの声以外を奪う。はっきりとした声色で、どんな喧噪も静まり返らせるように彼女は告げた。
「本当は知ってたんだ。お前の父親が魔導書を盗み、ほかのスケアクロウズ以上にお前を束縛した理由を。──あの男は、お前のために母親を生き返らせようとしていた」




