第46話「自由なふたり」
リズベットの生まれであるコールドマン家は母方の姓であり、父親の旧姓はヴィンヤードだ。遠い昔になくなってしまったと言われている、その姓の由来となった小さい村に存在した血筋を持ち、彼女の紅髪は父親譲りだという。
「ソフィアが産まれた時代ってかなり昔でしょ? その頃にはまだあったんじゃないかな、ヴィンヤードって村がなくなったのは、たしかここ百年くらいの話だったと思うから」
問われて彼女はうなずく。たしかにヴィンヤードという村はまだ存在した頃で、しかし当時には既に過疎化が進んでいたとソフィアは記憶している。
「つまりアタシって、魔女様とはすごく遠い親戚みたいなものなんだよね。って言っても、何世代も経ての現在だから関りなんてこれっぽっちもなかったんだけど……。自分でも会ってみてびっくりしたよ、あんなに似てるなんてね。アタシのふたりの妹は母さんに似たから、髪も紅くなんてないんだ」
ふたりの妹とは仲が良かった。いや、仲良くしているふりをした。両親の期待に沿う必要のない無邪気な少女たちを羨み、どうして自分は同じように過ごせないのだろうといつも嫉妬に駆られる日々を送った。
「妹たちはアタシのことを気に掛けてくれるときもあって、なんだかそれが余計に悔しかったんだ。アタシは頑張らなきゃいけない、けど君たちはそうじゃないんでしょ? って勝手に憎く感じて、でも両親に大見得切って家を飛び出したから今頃は負担を一手に背負わされてるかもしれないね……」
すこしだけ、本当に少しだけだが申し訳ない気持ちもあった。ふたりは決してそうしたくて自由に無邪気にリズベットへ声を掛けていたわけではないから。
「いいんじゃないかしら。あなたはあなたらしく生きて行けば、それで。気が向いたら顔を出してあげましょ、今の立派なすがたを見せてあげれば納得もするでしょうし、妹さんたちもあなたを参考にするかもしれないわよ?」
だよねえとリズベットも納得したようだ。家族の思い出はその程度、あとは大したこともなく旅人になってから数年のうちにルクスに騙され、それからソフィアに出会った。魔女とも知り合い、そして恩人にも再会を果たした。まさに順風満帆といったところだ。
「どうせいつかは貴族制なんて一部を除いて廃れていくだろうし、ちょっとずつだけど変化を生んでる国もあるそうだよ。アタシたちみたいな人が自由に旅をして、誰かに見下されたりする日も来なくなるんだろうなあ」
必要以上の身分に縛られない生き方。リズベットたちは運よく今を自由に生きているが、多くの人間がそうはいかない。慎ましく平凡に、波風立たぬよう過ごしていくものだ。それが今なお続いている時代のすがたで、いつかは貴族や庶民といった身分の壁は取り払われ、誰もが自由な生き方を考え暮らしていくときが絶対に来るはずだとリズベットは信じていた。
「そうね。きっと今の貴族たちはこんな時代がいつまでも続くと思ってるのかもしれないけれど……自分たちの隣人がいつまでも貴族だなんて決まってないもの。その点でいえばオルケスのようにモンストンを守る由緒正しきダルマーニャ子爵家としてなら、どんな時代でも人々からの信頼と愛を受けられるんでしょうね」
貴族たちは自分の胸に提げた勲章がどこでも通用すると信じて疑わない。新しい時代という地に足を踏み入れてから気付くのでは遅いと、彼らにはまだ理解できないのだ。いつの日か線を引いて〝ここからが新しい時代だ〟と言われるそのときまで。
「アタシたちもあんな精神を見習いたいね。……っと、外もちょっとずつ暗くなってきたね。まだ時間はあるから少しだけ仮眠でもしておくかい?」
「そうね。町に着いてから楽しかったけれど少し疲れたわ」
それじゃあとリズベットは彼女の手をパッと取って、小さく頭をさげる。
「こちらへどうぞ、お姫様。ベッドへご案内いたします」
「ぷっ……なにそれ? あなたってなかなか面白いことするのね」
「えー、騎士みたいにかっこよく決まったと思ったんだけど?」
紳士的な振る舞いをしてソフィアを驚かせてやろうとしたが、笑われてしまってぷうっと頬を膨らませる。
「くくっ……あはは! まったくあなたは本当にいっしょに居て飽きないわ。でも驚かせるつもりなら、こうしたほうがもっと良いんじゃないかしら」
リズベットの手を握り返して抱き寄せ、腰に手をまわす。そしてほのかに息を吐くように耳元で囁く。
「いっしょに寝て下さるかしら、私の騎士様」
「むおお……! ずるいぞ、そういうの!」
顔を真っ赤にするリズベットをけらけら笑って、ソフィアはベッドの端にぽふっと座り腹を抱えた。
「あー、おかしいったら……。ほら、冗談はさておいて寝ましょ。あとで目をこすっていたら、魔女様にしっかりしろってお尻をけ飛ばされちゃうかも」




