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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第一部 スケアクロウズと魔法の遺物
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第1話「穏やかな町」

 ふたりがやってきたのは小さな田舎町・モンストン。石造りの街並みに少しだけ大きな教会があるのが特徴的で、赤煉瓦の並んだ屋根と白い壁がどこまでも続く赴きある町。道は狭く行き交う人々はのんびりと歩くか、小さい馬車で移動するのが主流になっている。大きいと道幅を取ってしまうので、できるかぎり大通りを進んだ。


「ここはモンストンって言ってね。ダルマーニャ子爵領なんだけど、当の本人は放任主義的であんまり管理には関わってないんだって。ただもめ事を起こしたりすると直接出向いてくるから、みんな大人しくしてるんだ」


 モンストンのダルマーニャ子爵は臣民派としても知られ、多くの人々から支持を得ている。というのも税の徴収はあるものの彼自身の収入から町民への還元が定期的に行われ、子爵本人が王都の憲兵出身で正義感に溢れているのでみずからも巡回するなどの熱心さが人気の理由になっていた。


「おかげで治安が良くてさ。小さい町でもトラブルはあるけど他の町に比べたら平穏そのものだし、観光地としては最近じゃいちばん人気だね」


「ふうん……。リズは物知りね、聞いているだけで楽しいわ」


 そう言われてリズベットはでれっとした様子で頭を掻く。


「ふふん、それほどでも~!」


 城を去ってから『最初は安心できる町がいい』という気遣いでやってきたモンストンは、雪で満たされた森以外を知らないソフィアにとってかなり新鮮だった。


 どこをみても物珍しい感覚があって、驚かなかったことがあるとしたら『思いのほか時代は進んでいなかった』ということだろう。彼女の知るかぎり、昔も今も人々は馬車で移動しているし、どこも貴族に与えられた領地で慎ましく誰もが生活している。いまだ変わらない世界には、いささか目新しさは感じなかった。


 しかし服装は自分が思っていたよりもずっとデザインが豊富で着てみたくなるし、美味しい料理のにおいがふわりと風に乗ってやってくるのは空きっ腹によく響く。窓からぶら下がった鉢植えなど信じられないし、美しく咲いた花々には魅了された。


「あ、そうそう。実はアタシ、モンストンで友達と会う約束があるんだ。よかったらソフィアも会ってみないかな? すごく良い人なんだよ」


 と言ったところで荷台から『グウゥ』と腹の虫が鳴ったのを聞いて、きょとんとしてからリズベットはくっくっと笑った。ソフィアは恥ずかしそうに俯いている。


「そうだねえ、もうお昼だからお腹も空くか!」

「……お腹が空くって大変ね、本当に」


 まともな感覚があったのも何百年か昔の話だ。すっかり忘れていたものを取り戻して、ほんのわずかな羞恥心が顔を覗かせたせいで声が震えた。


「ようし。それじゃあまずはアタシがよく行く酒場を案内してあげるよ。すごく人気なんだ……って言っても昼間は閑古鳥が鳴いてるんだけど」


 馬車を走らせた先にある酒場『にびいろの宝石』は夜になってからが大忙しだが、昼間はあまり客がいない。というより客を入れようとしない。店主は営業スマイルをする気さえないが、知り合いが来ると話は別だ。

 よく見える場所に馬車を停めて、くたびれたような店の薄い扉を叩く。


「モーリスおじさん、今って入っても大丈夫?」


 カウンターで読書をしていた髭を蓄えた強面の男が顔を上げた。


「おう、リズベット! 好きな席に座りな!」


 モーリスの視線は傍にいるソフィアへ向く。


「見かけねえ顔だな。新しい連れかい?」

「そうだよ、いっしょに旅することになったんだ!」


 リズベットが嬉しそうにするのを見てモーリスは腕を組んで微笑む。


「いいこった! 俺はモーリス・ベルガルド。お前さんは?」

「ソフィアよ。ソフィア・スケアクロウズ」


 良い名前だと言ってモーリスとソフィアは軽い握手を交わす。


「この時間は客を入れてねえから、好きなモン頼みな」


 彼女たちが窓辺の陽が差し込む席を選び、モーリスはメニューをソフィアの前に置く。リズベットは常連で、きまったメニューがあると言った。


「私はキノコのバターソテーとひよこ豆のトマトスープがいいわ。それから……そうね、レモンのハニージュースというのもお願いしていい?」


「あいよ、ちっと時間が掛かるぜ。ゆっくり待っててくれ」


 モーリスが料理をするあいだ、リズベットは観光の予定を立てる。ソフィアは土地勘に詳しくなくひとりで歩かせるわけにはいかず友人に会う約束もあるので、持ち込んだ地図をテーブルに広げて案内できそうな場所を探す。


「教会でロアン神父様にも挨拶しときたいな。旅の安全をいつも祈ってくれるんだ、アタシみたいに大して信心深くなくても。だからモンストンに来たら顔を出すようにはしてる。ソフィアもきっと気に入るんじゃない?」


「そうかしら、私は魔女だからあまり入るのは気が進まないわ」


 ソフィアに言われてハッとする。だがすぐに彼女は切り替えて言った。


「だったら言わなきゃいいんじゃないかな」

「……そういう問題であっていいのかしら」

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