第43話「いちばん大事な友達」
「こちらが〝カツオドリのたまご〟というお店です。魚料理はいろんな種類がありますが、もちろん肉料理などにも精通しておりケトゥスでも上から数えたほうが早い腕前だと私は思っています。……と、いうわけで入りましょう」
四人は店内へ入り、案内を受けて席に着く。メニューを開けば、シトリンの言った通りどれもこれもが気になる種類の豊富さだ。料理だけでなくドリンクも充実していて、リズベットは「アタシは飲み物に悩むなあ」とにらめっこをする。
「ボクはレモンジュースかな。シトリン、おすすめは?」
「ドリンクでしたらフルーツ系は爽やかでさっぱりしたものですね」
メニューを見せながら指をさして彼女は言う。
「たとえばシャルロット様のお選びになったレモンとか、柑橘系はあえてやや薄味にしてフレーバー程度に仕立てていますから飲みやすいものばかりかと」
「んー、じゃあアタシはオレンジかなあ。ソフィアは……」
「私もレモンにするわ、たまには甘くないのもいいでしょう」
店員をシトリンが「すみません」と呼ぶ。
「メニューはお決まりですか?」
尋ねられてシトリンは全員分の注文をさらりと口にした。
「サーモンのサンドイッチ、あと塩焼きを二人分。鯛のカルパッチョと……こちらの日替わり白身魚のグリルを。ドリンクはレモンジュースが二人分、それからオレンジをふたつお願いします。もうひとつ夜に予約も入れておきたいのですが構いませんか?」
店員はメニューを繰り返してから「夜のご予約でしたら、お帰りの際に用紙への記入をお願いいたします、それではしばらくお待ちください」と厨房へ戻っていく。
「同じ店なんだね、シトリンさん」
「ええ、夜は夜で特別ですから。期待しててください」
最高級とまでは行かないとしてもシトリンには格別な場所だ。見れば周囲は観光客ではなく身なりの整った、見るからに地位のある人間ばかりが足を運んでいる。
「ケトゥスは本当に貴族出身のひとたちが多いのね」
他愛ない話をしながら注文を待ち、店内をぐるりと眺めたソフィアが言う。
「そうだねえ、ボクたちが知っていた頃はどちらかといえば漁師の町だったんだけどね。ヴェルディブルグ領内で海に面している町はここだけだから、バカンスのような感覚で足を運ぶ貴族たちがいつの間にか増えたんだ。ほとんどがカナロ島への予約を入れていて、プライベートな時間を過ごすんだよ」
シャルルたちがカナロ島へきていたのも、久しぶりに三人のゆっくりした時間を取りたいとあちこちを駆けまわるのをいちど中断して羽を伸ばすためだ。ちょうどそこへエドワードからの手紙が届き、銀細工の回収を手分けすれば休息もしっかり取れるだろうとローズは情報提供者として彼女たちを待っていた。
「それなら私たちは邪魔をしてしまったかしら」
「あはっ、気にしすぎ。ボクから行きたいって言ったのに」
新しい友人ができたと喜ぶシャルル。おおくの友人との出会いと別れを繰り返してきたが、ここ最近ではなかなか出会いというものがなく、ソフィアを見たときから「絶対に仲良くなれる」という確信があったらしい。
「君たちはなんていうか、昔のボクたちにそっくりでさ。……とくにリズベットなんかは外見がすごくローズに似てるよね。髪は君の方がずっと長いけど」
「えへへ、よく間違われますね。モンストンでも子爵様に声を掛けられたんですよ、魔女に仕事を頼みたいって言って、それが縁で銀細工を集めることになったんです」
まさに神の啓示だとリズベットは胸を張る。特別信心深いわけではないが、教会へ足を運べば必ず旅の無事と幸福の路を示してもらえるよう必ず祈りをささげていた。きっとその想いが通じたに違いない、と。
「だとしたら神というのは、存外節穴の目をお持ちなのですね」
シトリンはフッと笑う。心底下らないと馬鹿にして。
「魔女は悪魔と繋がっている……だから教会とは相容れないとされてきました。にも拘わらずリズベット様、あなたの傍には魔女がふたりもいらっしゃいますよ。もしかしたら悪魔もすぐ近くにいるかもしれません。それでも神の思し召しだと?」
ナイフの先で突くような言葉に、リズベットはすこしも臆さない。隣の席に座るソフィアの方を抱き寄せて、少年もかくやの爽やかな笑みを見せて答えた。
「アタシには神様がそんなケチな方には思えないもんね。その証拠に、アタシのいちばん大事なソフィアっていう友達を連れてきてくれたんだから!」




