第42話「君は君だから」
今すぐには無理だとしても、かならず想いを伝えると決心してシャルルの横に立つ。「ボクら、親友になれそうだね」と彼女が言った。
「ええ、とても仲良くなれそう。私にとっては先輩でもあるけれど」
「まさか。ボクも大した人生を送って来たわけじゃないさ」
「そうなんですか? そのわりにはこう、品があるというか」
ぴくっと反応して、シャルルはすぐにかぶりを振った。
「ボクは本当になんでもない。ただのヴィンヤード、平民さ」
そう取り繕ったのをソフィアは見逃さない。リズベットがまだ話に夢中になっているのを確かめてから、小さな声で彼女に尋ねた。
「ヴィンヤードなんて土地は、もうとっくの昔になくなったでしょう」
大昔、ヴェルディブルグ領内にはヴィンヤードと呼ばれる小さな村があった。繁栄とは程遠い、朝露のように物静かな世界。──魔女の生まれ故郷とされる場所。しかしあるとき魔女は故郷を捨てたとうわさがあり、それから百年も経てば自然と若人は村を出て、いつしか誰も住まなくなった。ときどき誰かが来ているのか、いまだ墓地だけが美しいすがたを残すのみだと言われている。
「私もスケアクロウズ家の人間なれば、そのくらいのうわさは耳に入ります。たとえ孤独に幽閉されていようとも彼らが生きていたあいだは」
「……うーん、そっかあ。隠し事って難しいなあ」
シャルルは彼女をぐいっと抱き寄せて「ほかの誰にも内緒にしていてね」と耳打ちする。耳を疑う、とはまさに今のことだとソフィアは感じた。
「ボクの本当の名前はシャルロット・フロランス・ド・ヴェルディブルグ。──遠い昔、ヴェルディブルグ王家の人間だったんだよ」
今はローズの永遠の恋人だと言って仄かに頬を赤くする。だが、そのような話はソフィアの耳を通り抜けただけで残りはしなかった。
「……ヴェルディブルグ王家。ならあなたは私のことを」
「知ってるよ。でもボクは君になんの恨みもないし、君は何もしていない」
ソフィアはソフィア、シャルルはそう答える。
「スケアクロウズが過去に何をしたとしても、今を生きる君が何をした? 誰かをひどく傷つけたり、好き勝手な振る舞いで迷惑をかけたの? その逆じゃないか。モンストンでの話を聞いたときボクはすごいって思ったくらいだ」
誰もが名を知っていれば、ほとんどが叫ぶだろう。〝あの悪名高きスケアクロウズの娘か!〟と。モンストンではそうではなかった。オルケスの『君が悪いわけじゃない』そのひと言に、どれだけ気持ちが救われたかを思い出して、シャルルもまたそのひとりであることに喜びを隠し切れない。
それからよく理解した。心優しき魔女、ローズ・フロールマンを慕う者たちは彼女に倣うかのように温かく、自分を迎え入れてくれるのだと。
「嫌なことなんてさ、飲んで食べて忘れよう! 君はリズベットと旅をしたのが初めてなんでしょ?──だったら、その門出を祝わせてよ」
ソフィアの手を両手でぎゅっと包み込んで、シャルルはにっこりする。
「そういう話でしたら私たちも混ぜて頂けませんか、シャルロット様。案内はこのシトリン・デッドマンにお任せを、最高の酒場をご紹介しましょう」
「なになに、ソフィアのお祝いって!? アタシもたくさん飲む!」
「あなたが飲みたいだけじゃありませんか、リズベット様」
「それはそう! でもお祝いしたい気持ちも本当だよ?」
どこから聞いていたものかとソフィアはどきりとしたが、ふたりとも最後だけを聞き及んでいたようで内心ホッとする。そんな彼女の背中をシャルルがバシッと叩く。
「ほら、今晩にはローズも来るんだから宿を探そう! それからとびきり美味しいレストランか……それか、酒場でもいいね。ローズは全然平気だから」
「あの魔女様が、人の賑わう酒場に足を運ぶことが?」
「もちろんさ、ボクを初めて酒場に連れてったのもローズだよ」
シトリンを先頭に町を歩きながら、シャルルは旅を始めた頃の思い出を語り始める。初めは大きな城から連れ出されウェイイリッジを訪れたこと。その町で泊まった宿は酒場といっしょになっていて大勢と飲み食いをしながら騒いだのだ、と。
「君もきっと楽しいと思うよ、思う存分に好きなことをするのって」
「ええ、とても。理解はしているつもりだけれど、それよりもっと?」
「もっとさ。だって君の周りには友達がいっぱいいるんだから」
一人より二人。二人より四人。気の合う仲間は増えれば増えるほど愉快で忘れがたい思い出を与えてくれる。シャルルがローズと共に長い人生で得た教訓のひとつだ。
「さあさあ! 楽しいお話はそこまでにして、宿はすぐそこですがまずは食事といたしましょう。私、ずいぶんとお腹が減ってしまいましたので!」
ぱんっ、と手を叩いたシトリンは満面の笑みをみせた。




