第41話「後悔をしない選択を」
ローズと話したことをすべて伝えると、シャルルは腕を組んで「なるほどぉ、それは辛かったね」慰めるように優しく言って、自身の遠い昔を振り返った。
「ボクも君ほどじゃないけど、城を出られるとは思ってなかったな。ある日、世間知らずなボクを立派に育てようとしたお母様がローズに旅をさせるようお願いしたんだ。……それが決定的な瞬間、運命の出会いだったって言ってもいい」
「あの方は本当に優しいのね、私のことも受け入れてくれたもの」
魔女としてのローズは、うわさばかりが独り歩きしていた。どこまで行っても『魔女に粗相があってはならない。彼女は気難しく、私たちのような人間が関わっていい存在ではないから』と敬遠されてきた。
実際はその逆。知っている人は誰もが言うだろう、『あんなに素晴らしいお方は、そういない』と。分け隔てなく、誰にも手を差し伸べさえする。たとえ相手が悪人であったとしても引き返すだけの余地があるのなら。
「ローズは無愛想なときもあるけど、本当はすごく優しいんだ。ボクのために涙を流してくれることも、怒ってくれることも、ずっと愛おしいくらいに」
何歩か先を歩きながら、くるりと振り返ってシャルルはにかっと笑う。
「だから好きなんだ、誰よりも!」
自信に満ちているのは愛されているからなのか、それとも愛しているからなのか。どちらにせよ彼女が昇った太陽よりも眩く思う。自分にはないものだと羨んで、ため息交じりな笑い声が出た。「いいことですわ、そういうの」と返して。
「私には素直になるのが難しいの、シャルロットさん。……あなたには見抜かれてしまったけれど、あの子はそういうに無頓着だし、なにより同性でしょう?『ごめんなさい』と言われる覚悟はあるけれど、困らせたくなくて」
きっとソフィアには、この先リズベット以上に愛する存在は現れない。そう確信していた。冷たく凍り付いた感情をあっという間に溶かしてくれた彼女は、まさしく魔女と同じかそれよりも敬意を向ける相手で、打よりも大切にしたい気持ちがある。
しかしリズベット・コールドマンという人物にとってはどうだろう? 当たり前のように他人へ手を差し伸べられる彼女の優しさに対して恋心を抱き、独占してしまいたい気持ちを抱えてしまうのはあまりに罪深いのではないか。ソフィアがすこし前からひどく頭を悩ませている原因だった。
「うーん、そうだね。たしかに気持ちは分かるよ、ボクもローズと初めて旅をしたときは別れるのがいやで彼女のことを探しにいったなあ」
シャルルは空を見上げた。いつかどこかの遠い自分を眺めるように。
「でもね、告白して良かったと思ってる。正直言えば断られてしまうのは怖かったけど……でも言わなきゃ後悔するかもしれないって感じたんだ、そのときに。『あのときああしてれば良かった』なんて言いながら生きたくはなかったんだ」
言われてハッとした。ソフィアはいつだって頭の片隅に、そんな想いを抱いていた。物言わぬ父親が、喧嘩以外で唯一口を開いたことがあったのを思い出す。
『お前に宛てたものだ。……大切にしろ、なによりも』
どうしてスケアクロウズ家に生まれながら反抗的に育ったのかは覚えている。母からの手紙にあった『あなたにも譲れないものをひとつ作りなさい。それがきっと、あなたを強く育ててくれるから』という言葉。
だから彼女は言うとおりにした。声も聞けなかった母からの贈り物を胸に抱き、魔女への敬意を持ち続け正しさとは何かを常に考えた。魔導書が盗まれたとき、それこそ気絶そうなほど驚いて、家族に向かって声を荒げたのは記憶に強く刻まれてある。
「シャルロットさんの言うとおりだわ。私、いつだって自分に素直に、譲れないもののために戦ってきた。だって引き下がったら絶対に後悔するって思ってたから。……忘れてた、そんな気持ち。もっと前に出るのが私だったのに」
生きて来た過去は〝たった数百年〟のように振り返れるが、同時に〝されど数百年〟だ。忘れてはならないものが、落としてはならないものが自分にあったと振り返る。しなかったことに後悔するよりも、ただ前に進んで後悔さえ糧にした自分を。
「だったらさ、いつかちゃんと伝えようよ。君が想ってること」
ソフィアはちらとリズベットを見て答える。
「ええ、シャルロットさんの言うとおり。……今はなかなか勇気が出ないけれど、でも必ず伝えるわ。ずっと抱えたまま終わるわけにはいかないものね!」




