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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第一部 スケアクロウズと魔法の遺物

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第35話「港町から小さな島へ」

 ケトゥスまでの道は列車を使えば遠くない。ほんの数時間の話だ。マフィンを食べながらさわやかな水を飲み、モンストンやウェイリッジでの思い出話に花を咲かせながら、わずかな仮眠をとって、気が付けばもう港町はすぐそこだ。


 ずっと起きてソフィアのためにと何度かの気持ち悪さに耐えながら、リズベットはずっとどこか遠くを見つめて待っていた。


「ソフィア、そろそろケトゥスだよ。起きて、起きて!」

「……んん。もうそんなに経ったの? ごめんなさい、寝てしまって」

「いいさ、疲れてたんでしょ。よく眠れたならアタシも嬉しいよ」


 列車がゆっくり駅で停まり、ふたりは降りる準備をする。窓の外に映る白い街並み、港町ケトゥスの目に新しい景色にソフィアはワクワクとさせられる。「忘れ物ないよね?」と聞かれて「ええ、たぶん大丈夫よ」そう言って降りるのを急ぐ。


 潮風の舞う港町ケトゥスは人がまばらに見えるが、活気は王都にも負けていない。観光客や貴族だけでなく、行商人たちも多く行き交い、露店も多く出ている。「ここにもカレアナ商会の建物があるんだよ」とリズベットが言った。


「つまり支部があるということ? カレアナ商会って大きいのね」

「それだけ努力したんだろうね。……っと、どこへ行けばいいんだっけ」


 麻袋の中から、エドワードにもらった紹介状を取りだす。


「ここからずっとまっすぐ港へ行って、そこで船に乗るんだね。行先はカナロ(とう)……ああ、王族も使ったことがあるっていう綺麗な島だ、すっごく高い宿泊費を取ってるからアタシたちが泊まるところは別で探す必要があるかも」


 情報提供者に会うためには島に渡らなければならないが、貴族たちが頻繁に利用するリゾートでもあるカナロ島では今の彼女たちの財産を大きく削ってしまう。用が済んだらすぐに引き返して他の宿を探すほうが多少高くてもマシだった。


「仕方ないことよ。情報を受け取ったら私たちにちょうどいい宿を探しましょ。どこに泊まったってケトゥスの観光は楽しめるんだもの、気にならないわ」


 港までは馬車を使う。ケトゥスはそれほど広くないが、それでも歩くには足が痛くなるような石畳の町だ。そのため町では送迎馬車が観光客たちを相手にいくらか高めの料金で目的地まで案内してくれる。


 とはいえリズベットたちにはそう高いものではなく、出し渋ることもせずに港まで送ってもらい、紹介状を持ってエドワードが話していたおんぼろ船を探す。


「リズ、あれじゃないかしら。……たぶん」

「おっ、かもね。たしかにおんぼろ、っていうか……」


 船はとても小さな木造だ。とても立派なものではなく、三人ほどが限界なのが見て分かる。沈みやしないかと不安になるくらいだった。


 ぼうっと見ているわけにもいかず、ひと声掛けてみる。


「あの、すみません。ウェイリッジからエドワード・カレアナという方の紹介で、カナロ島へ送ってくれる船を探しているんですが……」


「ん? ああ。それならうちのことだろう、坊やの紹介だね」


 船頭の男が吸っていた煙草を足元に捨てて踏みつぶす。


「今日は天気も良い、すぐに連れて行こう」


 紹介状を受け取って開き、折りたたむとリズベットに返した。


「うちは代々、このおんぼろの小舟で送迎してきてんだ。……ってのはうそで、最近買い替えたばっかりだってのに嵐に見舞われちまってね。ちょっくら不安かもしれないが、このとおりちゃんと浮いてるし進むから大丈夫だ」


 冗談のつもりで言ったのだろう。ただ不安を煽っただけだが。


 ともかく彼が大丈夫だと胸を張るので、仕方なく乗り込むしかない。足がふわふわと浮いているような感覚は、きっと落ち着かない気持ちのせいに違いなかった。


 船頭の男は鼻歌交じりに小舟を漕ぎ、リズベットたちは穏やかな海の気配に、いつ何が起きるか分からない恐怖と戦いながら目に映るカナロ島へすばやく到着することだけをひたすらに祈って時間を過ごす。


「ソフィア、アタシちょっと吐き気するかも……」

「こっち向かないで。海でも見ていなさい、私は見ないけれど」

「……魚が泳いでるよ。すごく大きいのもいる」

「やめてちょうだい、私まで吐き気がしてくるから」


 押しつぶされそうな気分も無心になって耐えているうちにカナロ島へ到着して、あっという間に解消された。薄氷の上を歩くよりもゾッとさせられながら『他人に命を握られるのはこんな気分なのだろうか』と思い返して肩が重たくなる。


「じゃあ、俺ぁ用があるんで先に戻ることにするよ」

「えっ! 待っててくれるんじゃないんですか!?」

「ただの休憩中だったんだ、悪いね。夕方にまた来るから」


 カナロ島への送迎も行っているが、それだけで生活が出来るほど楽な稼ぎになっているわけでもないようで、すぐに小舟を出発させて彼女たちを置いて去っていく。遠く離れていく最中、ときどき振り返って手を振ったが彼女たちの表情は暗い。


「困ったなあ。まだ昼だよ、夕方っていつ頃なわけ?」

「日が暮れる頃よ。それまでは滞在を許してもらうしかないわ」

「……だよねえ。仕方ない、まずは事情を説明するところからだ」

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