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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第一部 スケアクロウズと魔法の遺物

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第34話「期待を胸に秘めて」

 ウェイリッジについて詳しいかと言われればリズベットもそれほどではない。あちこちを転々とするのに、いくらか馴染みある宿にばかり止まるので、存外にも彼女の知っている場所は限られた。


 しかしそれでもじゅうぶんすぎるほどソフィアにはどんな場所でも、どんなものでも大いに楽しめた。噴水広場で大道芸人を見つけたときはしばらく見て楽しんで、それからパンを買ったり夕暮れどきの町の景色を楽しみながら過ごす。


 楽しい時間はあっという間だ。気が付けばすっかり暗くなり、ふたりは宿へ戻る。酒場は夜になると騒がしさが増していたが、ふたりは気にせず部屋へ帰った。


「なんだか寂しいわ、もうウェイリッジを出るのね」

「今回はちょっとはやかったね。モンストンは長すぎたけど」


 外の世界を知らないソフィアには、もう少しウェイリッジでの観光を楽しませてやりたかったことだろう。だが仕事を請け負った以上、甘えてもう数日滞在するなどとは言っていられない。「また来よう」とすこしだけ残念そうな彼女の肩を優しく撫でる。


「そうね、また来たらいい。列車も港町も、これからまだまだ私の知らない場所や知らないものを見られるんだもの。もっと嬉しい顔をしなくちゃね」


「切り替えがはやいね、助かるよ。じゃあ明日に備えて寝よっか!」


 ベッドにもぐりこみ、ここしばらくの日々を振り返る。ふたりは幼い子供のように手をそっと触れ合わせ、優しく握りしめて安堵感のなかで眠っていく。


 そうして朝を迎えるまでぐっすり眠り、いつものように心地よい気分で朝を迎える。ウェイリッジを出発するのに列車が早朝にやってくるのを知っていた彼女たちの睡眠時間はいくらか短めで、手早く支度を済ませたら宿を出た。


 エドワードたちに挨拶をするためにカレアナ商会を尋ねると、既に彼らも忙しそうに仕事に励んでいる。入口の前ではエドワードが書類を手に、あれこれと指示を出しているのを見つけた。彼も同様のタイミングで気付き、にこっと笑いかける。


「おはようございます、これからどちらへ?」

「ええ、実はこれからウェイリッジを発つんです」

「おや……頼んでおいてなんですが、仕事がはやいですね」

「信頼を大切にしていますから! モイラさんは?」

「まだ眠っていますよ。受付の時間はもう少しあとからなので」

「でしたら、よろしくお伝えください。また来ます、って!」

「私どもはいつでも歓迎いたしますよ、ぜひいらしてください」


 用が済めば、リズベットたちは早々に駅の近くにある馬車の預かり所を目指した。早起きしたおかげか、列車が着くまでにはかなりの時間がある。必要な貴重品だけを荷台から降ろし、積んであった大きい麻袋のなかに適当に放り込む。


 預かり所は前払いで証明書と交換し、もしトラブルが起きた際には預かり側の責任となるよう手続きをする。


「あっ、ソフィア! 急いで、列車が来たみたいだ!」

「もう? あと十分くらいは余裕があるんじゃなかったの?」

「たぶんしばらく止まって、時間通りに出発するとは思うけど……」


 あまり列車を利用しないリズベットは、慣れていないので状況がよく分かっていない。急いでソフィアを連れて駅へ向かい、列車の前にいる車掌の男に尋ねた。


「あの、乗りたいんですけど大丈夫ですか!」

「……? ええ、もちろん。時間は余裕がありますからどうぞ」


 列車は定刻通りに出発すると車掌に伝えられて、ほっと胸をなでおろす。たくさん空いた席のなかで向かい合わせの座席を選び、ふたりは窓際に対面で座る。


「いやあ、良かった。なーんにも問題なくて」

「そうね。……それにしても列車を見るのも乗るのも初めてだけれど」


 窓の外に目をやる。もうじき出発する列車の中から見るウェイリッジの景色は、彼女になんとなく特別感を持たせた。


「とても素敵よ。魔女もこうして長い時間を揺られながら旅するのね」

「アタシたちもね! せっかくだからパンでも買っておくべきだったかな」

「たしかに、ケトゥスまでしばらく掛かるならお腹も空くでしょうし」


 いまさらの話だ。列車を降りて買いに行く時間はなく、諦めるしかない。──と思っていたが、列車のなかでひとりの少女が寄ってくる。


「こんにちは、列車に乗ってどちらまで行かれるんですか?」

「うん? ああ、ケトゥスまでだよ」

「でしたらマフィンはいかがですか、銅貨三枚で二個になりますが」


 願ったり叶ったりだ。ソフィアもマフィンと聞いて目がきらきらしているので、リズベットには断る理由もない。すぐに銅貨三枚を少女に渡して、マフィンと交換してもらう。それから思い出したように「ね、お嬢さん。飲み物はある?」と尋ねた。


「ありますよ、こちらは銅貨二枚でひとり分です」


 瓶に詰まった水には、レモンの果汁と少量の塩が入っていてさっぱりしていると少女は言った。惜しげもなくリズベットは追加で支払い、水も買う。


「ありがとうございました、またどこかで」


 少女が去り、ふたりは購入した四個のマフィンと瓶詰の水を分ける。そうこうしているうちに列車の汽笛が鳴り響き、ゆっくりと動き出す。ついに出発のときだ。


 流れる景色にウェイリッジは遠ざかり小さくなっていった。短期間ではあったが、濃密な時間の過ごし方をしたとソフィアは胸の内で感謝の気持ちを抱く。


「ふふっ……次はどんな町かしらね。とても楽しみだわ」

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