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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第一部 スケアクロウズと魔法の遺物

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第31話「お届けもの」

 遠慮はしない。ドマリの厚意をしっかりと与るつもりだ。


 調理器具の使い方から包丁の握り方まで初歩の初歩を学び、実践。不器用なリズベットは野菜を切るのに厚みも何もかもざっくり適当なのに対して、ソフィアは丁寧かつ繊細が過ぎるところもあるが上手くできている。


 最初に作ったのはいちばん簡単な野菜のスープ。ドマリの手助けもあって、いささか口に入れるには大きすぎたり細かすぎたりとサイズ感もばらばらだったが、味は悪くない。「なかなかやるじゃねえか」と彼はしっかり褒めた。


「うわあ、すごい。アタシがやるといつも全部台無しになるのに!」

「……あなたが城で錬成したと思しき黒い塊は今でも記憶に新しいわ」

「やめよう、その言い方! 傷ついちゃうよ!?」

「ふふっ、いいじゃない。こうやって美味しく作れたんだもの」

「んー!……ま、それはそうだね! ドマリさん、ありがとう!」


 まさに有頂天。自分にはできないと思っていたことが、たった一日で大きく進歩した気がした。


「いいってことよ。君らにはちゃんと才能もあるし努力もできるんだ。もしかしたら、俺なんかよりも料理人に向いてるかもしれねえぞ」


 ふと彼は作り置きしていたチョコレートケーキを出してくる。


「今日よく頑張ったご褒美だ、箱に詰めておくから持って帰りな」

「いいんですか、ドマリさん。すごく美味しそう!」

「ああ。疲れたら甘いもんが欲しくなるってもんだろ」


 受け取らせると、ドマリは大きく伸びをした。


「んーっ、さすがに疲れちまったぜ。……あ、明日も来るんだっけか? 次はブランデーケーキでも焼こう。香りが良いし、きっと君らも気に入るはずだ」


「えへへ、楽しみにしてます。ね、ソフィア!」

「もちろん。今日は本当にありがとう、楽しかったわ」


 もらったケーキを大事に抱えて店を出る。馬車に乗って名残惜しさを感じつつも『明日もまた来るんだから』と今日のことをしっかり頭に刻み込んで帰路につく──はずだった。しかし走っているのは違う道だ。


「あら、リズ。こっちは帰り道じゃないけれど、どこに行くのかしら」


 にやりとするソフィアを肘でやんわり小突く。


「もう、わかってるくせにそういうこと聞くんだもんなあ!」


 言わずとも考えは一致している。向かったのはカレアナの商館だった。

 馬車を入口の近くで停めると、休憩中の作業員の男が顔をあげる。


「……ん? ああ、こないだの。今日はどうかしたかい」

「モイラさんに用事だよ。おじさん、ちょっとだけ馬車見ててくれる?」

「構わんよ。休憩を延長する良い口実になるからな」

「あははっ、ずるいこと考えるねえ! じゃあよろしく!」


 商館の受付では相変わらずモイラが事務作業に追われている。リズベットに気付き、ペンを握る手が止まって「こんにちは、今日はどうされましたか?」優しい笑顔をした。


「毎日忙しいって聞いたからさ、エドワードさんとモイラさんに差し入れのお届けもの!……ふふふ、すっごく美味しいお店でもらった高級なチョコレートケーキだよ!」


 ソフィアが机に箱を置き、リズベットがそれを開いて中身を見せる。


「まあ、すごく美味しそうですね。とてもいい香り……。大きいですから、いっしょにいただきましょう。ちょうど先ほどエドワードも休憩に入りましたので」


 ケーキをいったん箱に戻してリズベットたちには先に応接室で待っているよう伝え、モイラはすぐ隣の部屋にある食器を取りに向かう。


「じゃあお言葉に甘えてアタシたちも食べようか」

「そうね、みんなで食べたら、もっと美味しいものね」


 部屋に入り、先にソファに並んで座る。しばらくしてモイラが食器を抱え、エドワードがプレートに温かいコーヒーの入ったカップをのせて運んできた。


「エドワードさん、こんばんは」

「こんばんは。遅れてしまって申し訳ありません」

「いやいや、そんな。忙しいって聞きましたから」

「ええ、ほどほどに。でも休憩は取れてますので」


 にこやかに答え、モイラが切り分けたケーキをエドワードが皿にのせて並べる。全員分が揃ったところで、エドワードが「いただきます」と小さく言った。


 ひと口食べれば、ほろ苦さの中からふわっと広がる濃厚な味わい。口の中でチョコレートが蕩け、ソフィアは「ほっぺが落ちそう」とご満悦な様子だ。


 だがモイラはすこしだけ驚いた顔をする。


「……モイラさん、どうかした?」

「あ、いや。知ってる味に似てるなって思いまして」

「あはは、そりゃそうだよ。ドマリさんの作ったケーキだもん」


 リズベットは自慢げに言った。自分たちが料理を教わりに行った帰りに貰ったこと。彼が少しだけ寂しそうにしていた話などを耐えると、モイラも似たような表情をする。


「そうでしたか、やはり父が作った……。ふふっ、そういえばよく『疲れたときは甘いもんが欲しくなるだろ』って、お店の手伝いをした日は決まっていろんなデザートを用意してくれてたんです。たまには顔を出してあげないといけませんね」


 モイラの話を聞いていたエドワードが、ふたりに小さく礼をする。ドマリの店を紹介した彼は最初からモイラの近況も伝わるだろうと彼女たちに教えたのだが、まさか差し入れまで持ってきてくれるとは思っていなかったようだ。


「ありがとうございます、コールドマンさん。モイラもたまに顔は出しに行ってたんですが、最近は忙しくなりすぎてしまって時間が合わなかったんです。おかげさまで他の者に仕事を任せる口実ができました」


「えへへ、それなら良かったです。きっと待ってますよ、ドマリさんも!」

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