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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第一部 スケアクロウズと魔法の遺物

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第29話「彼女がしたように」

「そろそろ行こうか、ソフィア」


 いつまでもゆっくりしていたい気分ではあったが、それはそれとしてドマリのカフェに行くのも楽しみだった。単純に料理を習いたい目的以外に、またあの店の美味しいデザートを食べたくなっていた。口の中に蕩けるような甘さを思い出して仕方がないのだ。


「モンストンと違って昼間なのにみんな忙しそう」

「ここは王都にも近いから経由する人たちも多いしね」


 ウェイリッジは朝から晩まで、どこかしらの店は開いている。いっぽうモンストンはと言えば人気の観光地のひとつではあるが、比較すれば差は大きく、住んでいる人々は昼を過ぎると夕刻まではのんびり過ごすのが習慣だ。


 忙しないウェイリッジの風景は眺めていれば穏やかで、しかし混ざるようにして外に出て見れば波に乗らないと押し流されてしまいそうなほどの活気だ。


「賑やかなのは嫌いじゃないわ。王都もこれくらいなの?」

「王都はもっと人が多いし騒がしいよ」

「じゃあケトゥスは? 港町なんでしょう?」


 ウェイリッジを出たら次の行先は王都か港町のどちらかだ。新鮮な魚を食べられるということでケトゥスにはつよく惹かれたが、近場である王都も捨てがたい。気になって尋ねてみるとリズベットはうーんと腕を組む。


「ケトゥスも観光にはうってつけだよ。でも全体的に物価が高いんだよね、アタシたちの今の財産で考えれば無理じゃないんだけどさ」


 港町はただの観光地にしては宿も何もかものほとんどが値段をみれば目が飛び出そうな値段だ。というのも多くが貴族御用達だからで、庶民を相手に取引している商人や宿はある程度良心的な価格設定にはなっている。それでも周辺に町がなく列車以外で訪れるにはいささか遠い半端な位置にあるため、少々高くつく。


 しかしリズベットが問題に抱えるのは、そんなことではない。


「そういう場所だから貴族がたくさん集まるでしょ。……モンストンではダルマーニャ子爵様が優しくしてくれたけど、スケアクロウズの名前を知ってるひとがいるっていまさら考えたら不安でさ。君が何か嫌な思いをしないか心配で」


 いわばスケアクロウズは没落貴族だ、名が残るばかりで身分は立派とは言えない。オルケスは彼女たちに対して好意的に接してくれたが、多くの貴族は自分たちの身分をもって彼女を貶してもおかしくないだろう。『あのスケアクロウズか』と鼻で笑われるだけでも不愉快になるのは明白だとリズベットは案じた。


「そんなこと気にしなくてもいいのに。優しいのね、リズ」

「ん……。まあそれならケトゥスから行ってみるかい?」

「ええ、だってお魚料理がおいしいんでしょう」

「食べるの本当に好きだね。ちっとも太らないし羨ましいよ」

「あら、もしかしてリズ。いつも食べる量が少ないのは……」


 リズベットがぎくりとして自分の脇腹をつまむ。


「……たぶんちょっと太ったんだよね。甘いもの食べすぎたかな」

「ふう。本当はこういう使い方したくないんだけれど」


 引き攣った笑顔をみせるリズベットのからだをぽんと叩く。一瞬だけふわっと紫煙が舞って風に消える。堂々と魔法を使ったが、それは誰の目にも留まらなかった。


「あれっ。ねえソフィア、今の何をしたの?」

「ちょっとしたおまじないよ。そのうち効果が出るわ」


 手を引いて馬車へ向かい、ソフィアは無邪気に笑った。


「行きましょ、リズ! 美味しいコーヒーとケーキをいただきに!」


 太陽のように明るい少女のすがたにホッとする。気にしすぎることが、かえって彼女に心配をかけることになるかもしれないとリズベットは並んで歩きだす。


「ケトゥスにはね、ウェイリッジやモンストンでは見られないような料理があるんだよ。ほかにも魚釣りを体験させてもらえたりするんだ、やってみたい?」


「魚を釣れるなんてすごく面白そう。私にもできるかしら」

「もちろんだよ、君ならぜったい上手く釣れるさ」


 もし誰かに傷つけられそうなら守ってやればいい。暗い場所に独りでいるのなら、光のあたる場所へ連れ出してやればいい。モンストンでソフィアがしてみせたことだ。


 そう心に決めると足取りは軽くなる。いつか旅を始めたときのように。


「じゃあ次はケトゥスに決まりね。楽しみにさせて、リズ」

「当然。エスコートさせてよ、お姫様」

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