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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第一部 スケアクロウズと魔法の遺物

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第28話「いつか終わるまで」

────翌朝。連日の疲れを忘れるようにぐっすりと眠り、起きたのは昼過ぎだった。おおあくびをして先に目を覚ましたのはソフィアで、まだ眠気にしがみつかれてウトウトしているリズベットを置いて、着替えたら一階の酒場へ下りていく。


「おはようございます、昼食をご用意しましょうか」


 ソフィアは店主に尋ねられてうなずく。


「お願いするわ、あっさりした味付けをよろしく」

「承りました。では好きな席に座ってお待ちください」


 ソフィアは窓に近く日当たりの良い席を選ぶ。


 昨晩の喧騒は朝になれば静かなもので、荒れ放題だった店内もきれいに片付いている。さぞや疲れているに違いないのに、働いている人々は表情にいっさい出さないので彼女はとても感心させられた。


(庶民というのは働き者ね。……私はどうだったかしら? 料理のひとつもしたことはなかったし、なんなら朝だって起こしてもらうのが当たり前だったような。ひとりになってからは時間が有り余っていたから、自堕落に過ごしたといえばそうなのかも)


 汗水流して働くことの意味を知ったのは、モンストンでの騒動を経てからだ。誰かが笑顔になるだけで嬉しいと思う気持ちが強く、彼らの意欲的なすがたには一種の憧れさえ抱いた。何かにひたむきになれるのはとても美しいものだ、と。


 きっとすべてがそういう人々ばかりでないとは理解している。しかし、ただ自堕落に過ごしてきた自分よりもずっと立派なのも間違いない事実だった。ソフィアはぼんやり窓の外を行き交う人々を見つめながら、ふと手をつなぐ親子を見て寂しくなった。


(もし私が貴族の家に生まれてなくて魔女とのつながりもなければ、あんなふうに平和に笑って愛情を注がれながらすくすく育ったりしたかしら。兄妹とも喧嘩することなく、親に疎まれもせず、毎日を一所懸命に生きていたのかしら?)


 ようやく手にしたリズベットとの生活。実に普遍的で、ごくありふれた世界の、ごくありふれた生活を手にしても、まだ願いは尽きなかった。人間らしい生き方をして止まった時間が動き出したことは嬉しく、そしてそのぶんだけ夢が出来たのだ。


(……料理に、そうね。絵も描いてみたいわ、自伝なんかも悪くないかも。……そして恋もしてみたい。この人生が終わるまで誰かを愛してみたい。ううん、相手は見つかっているけれど私には勇気がないだけ。すこし普通とは違うから)


 思い浮かんだ人物の笑顔。今はまだ伝えられない気持ちに、なぜだか可笑しくなってひとりで笑ってしまう。


「おはよう、ソフィア。なにか面白いものでも見つけた?」


 すこし遅れて起きて来たリズベットが尋ねる。


「いいえ、なにも。今日のことがすこし楽しみだったの」

「ああ、料理を教えてくれるひとを探そうって言ったね」


 しばらくウェイリッジに滞在するあいだの目的。ひとまず魔法の遺物を回収するのは急ぐこともないのでひととき忘れて、今ある時間をめいっぱい楽しもうと決めた。料理を習得するとなれば今後の役にも立つだろう、ふたりは乗り気だ。


「お待たせしました、魚のホットサンドと野菜のスープです」


 二人分の昼食がテーブルに並べられる。店主は優しく微笑み、「食後にコーヒーをお持ちいたします」と受付へ戻っていった。


「ウェイリッジはモンストンより広いし観光客を相手に商売してるひとたちが多いから、アタシたちを手を割いてくれそうなひとを探さないとね」


「それなら、ドマリだったかしら。あのひとのお店はどう?」


 魔女も足を運ぶほどの良い店だが、人の出入りは多くない。学びを乞うのには最適な条件だと提案してみると、リズベットも深く同意した。


「じゃあ決まりだ、食べ終えたらさっそく会いに行ってみよう」

「ええ、歓迎してもらえるといいわね」


 魚のホットサンドは見目よりもずっと濃い味付けに感じたが、口の中にいつまでも残るようなしつこさはなくさっぱりしていた。「ここも美味しいわ」とソフィアはまた目をきらきら輝かせて、あっという間にぺろりと平らげてしまう。


「アタシのぶんも食べる? ちょっと多いかも」


 リズベットも決して小食ではないが、ソフィアがあまりにも美味しそうに食べるのを見て『せっかくだから』と自分のぶんを──とはいえ少し空腹が満たされているのも本当のことで──差し出した。彼女は「いただくわ」と遠慮なく答える。


 タイミングを見計らって店主がそっとコーヒーを置いていき、リズベットは小さく頭を下げる。豊かな香りに胸を穏やかの気持ちで満たし、ひと口飲む。


「……こんな毎日がずっと続いたらいいのになあ」


 活気ある街並み、窓から差し込む陽射し。目の前には心の通じ合った友人。いつか終わると分かっていても、そのときまでは。そんな期待を寄せずにはいられなかった。

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