第27話「宿を探して」
ドマリの喫茶店で時間も忘れて楽しく過ごし、気付けば暗くなり始めている。もう長居はできないし、そろそろ宿を探さなくてはならないと食べ終えたら、また来ることを伝えてリズベットたちは宿探しを始めた。
宿泊先が見つからなければ、最悪カレアナ商会にもういちど立ち寄ってひと晩を館内で過ごさせてもらうことも考える。
「ウェイリッジってどこも宿が人気なのね……」
探しても探しても見つからない。どこも『予約でいっぱいなんだ』と断られ続け、もう一時間は過ぎただろうか。期待を込めて小さな宿に足を運んでみたが、結果は同じだった。そのかわり宿の主人は「だったら『鍋の底』へ行ってみては?」と教える。
「あまり大きくはないですがウェイリッジでは魔女様が泊まるというのもあってか、遠慮して宿泊客は少ないんです。ずっと昔からあるんで信頼できますよ」
「ありがとうございます、訪ねてみることにしますね」
なんとか見つかりそうだと地図に書き込んでもらった宿までの道を急いで馬車を走らせる。やってきたのは見てくれの古ぼけた雰囲気のある酒場で、旅行者には二階での宿泊を提供しているらしく、店内の喧騒はとても活気に溢れていた。
「……リズ、本当にこんな場所に魔女が泊まるのかしら」
「ウェイリッジのひとが言うんだから間違いないよ、たぶんね」
あまりリズベットも信用できなかったが、とはいえ教えてもらったことを簡単に否定もできないので、まずは店主に相談をしてみようと声をかけた。
「すみません、宿泊先を探しているんですが部屋はあります?」
「ええ、二人部屋だけなんですけど構いませんか」
店主は申し訳なさそうにしたが、リズベットたちには願ったり叶ったりだ。「ちょうどふたりなんです」と喜んで伝えると、店主はすぐに部屋の鍵を取って手渡す。
「二階へどうぞ、あがってすぐの部屋が二人用ですので」
「ありがとうございます! いこ、ソフィア!」
歩き回ってくたくたになっていたふたりの足はいささか急ぎ気味で、部屋に入るなりダブルベッドにふたりで飛び乗って、けらけらと子供のように笑った。今まではただ疲れるだけだった毎晩が、すっかりそれも楽しいと感じるほどに。
「……ねえ、リズ。こんなに毎日楽しくていいのかしら? 私、あの城にいたときはこんなふうに外を旅して周れるなんて思いもしなかったわ。永遠にあのまま、もし結界が解かれても、きっと独りで死ぬことを選んでいたかもしれない」
寒さのなかに孤独を抱えて、誰にも知られずにひっそりと最期を迎える。あの頃のソフィアならばそれも許容しただろう。すべては自分たちスケアクロウズ家がしてきたことだと罰を受ける覚悟をして、夢を見ることすら叶わずに。
「こんなふうに笑ってもいいんだって思うと、なんだか不思議よ。やっと私は道具じゃなくて、ひとりの人間になれたんだって。誰に縛られなくても良いんだ、ってね」
「へへっ、そう言ってもらえると嬉しいもんだねえ」
連れ出した甲斐があると自慢げにする彼女に「でもあなたの作った料理は最悪だった」と笑ってちくりと言う。実際、とても食べられるようなものではなく、本人でさえ『これはとても無理があるだろう』と思いながら運んだのを覚えている。
「やめてよ~。嫌なこと思い出しちゃったよ、二度と作んないから!」
「ふふっ、そんなこと言わないで。いつか練習して美味しいのを作りましょ」
「うーん……。あっ、ソフィアは料理ってできるの?」
いたずらな笑みを浮かべてソフィアは「聞きたい?」と彼女に問いかける。それからぷっと噴き出して我慢できずに声を上げてしまいながら言った。
「実は食材を触ったことはあるのよ、でも作ったことはいちどもない。包丁以外の使い方なんてなんにも知らないわ! だって、そんな必要もなかったんだもの」
城にいたときは空腹を感じたことなど魔女として立てられるまでの話で、それからはずっと忘れていたことだ。リズベットに連れ出されてからは毎日、すこし歩いたら『なにか食べたい』と思うようになっていて、これまで訪れた店の数々で目の前に並べられた美味しい料理に自分で作ってみたいとも考えていた。
「そうだねえ。アタシたちっていつでも移動中は果物とか干し肉ばっかりだから、自分たちで何かを作れるようになったらもっと楽しいかも!……あ、でも、教えてくれるひとって心当たりないんだよね。モンストンならエイリーンがいたけど」
うーんとうなって腕を組んだリズベット。ぐるぐると思考をめぐらせて、しばらく考え抜いた末に「よしっ、決めた!」バシッと膝を叩いく。
「ウェイリッジを出るまでに教えてくれるひとを探して料理を覚えよう! きっとアタシたちには隠れた才能があるはずだよ、だれもがびっくりするようなさ!」




