第26話「カフェでひととき」
心強い友人の言葉に胸につかえていた気持ちがすうっと流れ落ちていくようだった。「ありがとう」それ以外の言葉が見つからず、そっと彼女に寄りかかって目を瞑る。たまにはこのまま眠るのも悪くないかもしれない。そんなことを考えながら。
十分ほど馬車で走れば目的のカフェに着く。
「来たよ、ソフィア。ほら起きて起きて!」
「起きてるわよ。思ったより早かったみたいね」
店舗のすぐ前に馬車を停める。こぢんまりとした店には似つかわしくない厳めしいひげ面の大男が神妙な面持ちで、皿に乗ったケーキをじっくり見つめているすがたがある。エプロンをしているのをみれば彼が主人なのだろうと分かった。
「あの、すみません。ここがドマリさんのお店ですか?」
「……んっ! ああ、そうだとも。俺がドマリだが」
いちごの乗ったショートケーキは彼の手製だ。客に出すのに小さすぎやしないかと頭を悩ませていたらしく、彼女たちがやってくるなり「食べてみるかい?」と差し出す。
「いいんですか? アタシたち来たばっかりなのに……」
「俺以外の誰かが食べてくれることに意味がある。さあどうぞ」
二人分のフォークを渡す。彼女たちがひと口食べて顔を見合わせ、とても驚いた顔をしたことから彼は瞬間、不安になった。だが「美味しい!」と聞こえて満足そうにニッコリする。上手くいってひと安心のようだ。
「良かった、クリームがいつも甘すぎると客からクレームがあってね。すこしだけ甘さを控えめにしてみたんだが、美味しいと言ってもらえてうれしいよ。さあさあ好きな席に座ってくれ。不安が解消された礼だ、俺の店で食べるなら奢るよ」
手で指した店内のずらりと並んだ席で、彼女たちはカウンター席を選ぶ。「ラッキーだね、何にする?」とリズベットがメニュー表を広げてソフィアといっしょに覗き込んだ。
「どれも気になるわね。私は……そうね、いちごのタルトとブレンドコーヒーを。あっ、どうしようかしら? こっちのフルーツパフェというのも美味しそう」
「それも頼んじゃいなよ。アタシはカフェモカとパンケーキをお願い!」
注文を済ませ、できあがってくるまでゆっくり待つ。店の外は穏やかな空気の流れがあり、ウェイリッジの情緒ある街並みを眺めているだけで気分が癒された。
「ウェイリッジを出るときは駅前にある馬車の預かり所に行って、それから列車に乗ろうか。ケトゥスにも寄るはずだからちょうどいいでしょ?」
「ええ、列車には乗ったことがないから楽しみね」
リズベットは自慢げに「きっと驚くよ」と言ったが、顔をそらして笑みをひきつらせた。実は列車に乗って過去に酔った記憶があるのであまり気は進まない。けれども移動はなにより楽だし、ソフィアがまだ数日は滞在するにも関わらず今からうきうきとしているので、控えたいなどとは言えなかった。
「お待たせしたな、用意ができたぞ」
温かなコーヒーとパンケーキ。自己主張の強めないちごのタルトと、大きな硝子の皿にフルーツがぎっしり乗ったホイップとバニラアイスのパフェ。鼻腔を刺激する豊かな甘い香りに混ざって、深みのある落ち着いた香りにふたりは魅了される。
「ドマリさん、すごいですね。手とかもすごくおっきいのに、こんなに繊細な仕事ぶり……。カフェの経営はいつ頃からされてるんです?」
「かなり前からだよ。親から継いだんだ、魔女様のお気に入りだってな」
カフェが小さいのは、ドマリの両親だけでなく経営を始めた先々代の頃からだ。『大きくしたら忙しいだけ、適度に気楽に生きていくのがいちばんだ』と自分なりの良さを追求した先々代のレシピは魔女に愛され、それからドマリまで受け継がれている。
「それにしても誰の紹介で俺の店へ?」
初めてみるリズベットたちに首を傾げた。
「カレアナ商会に寄ったんです。そこでエドワードさんから」
「ああ、モイラが婚約したっつう……。元気そうだったか?」
「モイラさんのことですか? 見た感じはとても」
ドマリはまた嬉しそうにニッコリする。
「そうか、そりゃよかった。ちょっと前に『結婚する』なんて報告されたときにゃあ目ん玉が飛び出るかと思ったが……いざ自分の娘が幸せそうにしてるんだと分かると、親としてこれほど嬉しいことはねえよなあ」
自慢げな彼の言葉にリズベットの表情がぐっと固まった。
(……娘ぇ? ってこたあアタシたちは体よく身内のお店紹介されたってわけだ。エドワードさんったらちゃっかりしてるなあ、見事に誘導されちゃったよ)
切り分けたパンケーキを口に放り込み、くっと苦笑いをする。
甘い味が口の中いっぱいに広がると、そんなことはすぐに忘れた。
「ああ、最高。ドマリさん、おかわりちょうだい!」
「おうとも、すぐに焼いてくるよ」




