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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第一部 スケアクロウズと魔法の遺物

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第25話「次はきっと大丈夫」

 期待を寄せるのはあくまで自分たちの都合だし、焦ったところで良い結果には繋がらない。ひとまず何か美味しい者でも食べて景気をつけたいというのがソフィアの率直な気持ちだった。どうしようもない暗闇の中にいるわけではないのだからと深く自分を追い詰めるような考え方はしなかった。


「でしたら良いお店がいくつもありますよ。ウェイリッジには魔女様もよく訪れていまして、行きつけの店があるんです。……あ、これは内密でお願いしますね」


 彼は壁に掛かった地図をはがしてふたりの前に広げた。


「こちらにあるカフェなんていかがでしょう? ドマリという男性が経営する小さな店ですが、パンケーキが美味しいと評判です。最近はフルーツタルトなども売れ行きが良いそうですよ。さきほど受付にいたモイラもたまに足を運んでいるそうで」


 聞いてソフィアの目が輝き始める。これまでまともな食事の味など忘れていた彼女はモンストンで自分が甘いものを特に好む傾向にあると知って、パンケーキにフルーツタルトは絶対に食べたいと力強く何度も頷いて横目にリズベットを見た。


「ありがとうございます、エドワードさん。ソフィアも気に入ってくれたみたいなので、そのお店に行ってみることにします」


「ええ、こちらこそ。今頃はモイラが積み荷を降ろしてくれてるはずです、どうぞ裏口からお出になってください。表は商人が多いですから」


 町中の移動には馬車が欠かせない。正面から出ればちょっとした小遣い稼ぎくらいに声を掛けてくる商人は多く面倒だ。モイラに裏口へ運ばせたのは積み荷のことだけなく帰り際に彼女たちが不愉快な思いをしないようにするための配慮でもあった。


 そしてふたりが外へ出れば、モイラは何人かの仲間と共に銀細工を荷台から降ろしてひとつずつに薔薇の刻印が入っているかを確かめているところだった。


「モイラ、ふたりがお帰りだ。もう積み荷のチェックは済んだかい」

「ちょうど終わったところです、いつでも出せますよ」


 銀細工はすべて刻印があり、自分たちが盗まれたものとデザインなどが一致し、ひとつだけ──ルクスから回収した指輪──増えている。ソフィアが「私たちが独自に回収したものよ、モンストンにあったの」と預かってもらえるよう伝えた。


「そうでしたか。ご協力感謝します、きっと魔女様もお喜びになりますよ」

「役に立てたのなら幸いだわ。……じゃあ、また会いましょう」


 御者台に並んで座り、リズベットは手綱を握った。


「アタシたち、まだしばらくウェイリッジに滞在する予定はあるんです。もし何か困りごとがあればいつでも言ってください! 安くしときますんで、へへっ!」


 ひょうきんに軽い口調で言ってみる。カレアナ商会とのコネを作れれば、きっと良い仕事が回ってくるに違いないとリズベットが売り込む。エドワードはそんな魂胆など見透かしたうえで、くすっと笑って快い表情をした。


「ええ、今回はお世話になりましたから良い儲け話があれば優先しますよ、どこのだれよりもね。なので、ぜひカレアナ商会のこともごひいきに」


 別れの挨拶を済ませたら、ふたりは早々と商会をあとにする。ウェイリッジの活気ある景色を流して落ち着いた気持ちが胸をすうっとさせる。


「良い人たちだったね。シャルルさんにも会えたし、魔女様も見れた」

「……ええ。あれが紅髪の魔女、世界にひとりだけのお方なのね」

「もしかして見惚れちゃったりした? あのひとに」

「かもしれないわ。とても雰囲気があって」


 組んだ手をきゅっと力強く締めてソフィアはうつむく。


「正直、あんなことを言ったけど本当は躊躇しちゃったの。……あのひとに声を掛けてしまったらいけない気がして。あなたが羨ましいわ、リズ。昔がどうだったのかまでは知らないけれど、今のあなたは飛び込んでいく勇気があるから」


 シャルルに自分から声を掛けているすがたを思い出して、臆病風に吹かれてしまった自分が情けなく感じた。偉そうなことは言えるくせに、行動には移せないだなんて。『綺麗な言葉を並べることは誰にでもできますが、実行に移すのは難しい』そういったエドワードの言葉を振り返って、まったくその通りだと肩を落とす。


「でもねえ、ソフィア。君は自分の背負った名前の責任を感じてる、アタシが同じ立場だったら声をかけるのはきっと楽じゃなかった。それどころか諦めて、結局何も言えないままそれで終わってたかもしれない」


 リズベットの言葉は慰めではない。ルクスとの一件で自身の弱さに打ちのめされながらも旅を続けられているのはソフィアが傍にいてこそだ。彼女が勇気を与えてくれなければ、今頃は彼の言葉に頬を叩かれても我慢して薄笑いを浮かべていただろう。


 だから彼女と同じ立場にはなれなくとも気持ちを汲むことはできた。最初の一歩を踏み出すときは誰でも怖く、未知に対して目を瞑りがちだ。それでもなお折れずに進もうとするすがたは、リズベットにしてみればとても立派なものだった。


「次はきっと大丈夫、君ならできるよ。もし怖いのならアタシが手を握っててあげる。だって約束したもん、アタシは何があっても君の味方だからさ」

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