第24話「魔女に会う方法」
魔女は世界中を旅しているが、慣れ親しんだ故国から出ることは少ない。というのも他国の環境があまり合わないからで、せいぜい友好国のリベルモントくらいしか頻繁に訪れたりはしない。そんなうわさは昔からあって、さすがに出会うチャンスに巡り合う機会はいくらでもあるとソフィアは胸にあるもやつきを握りつぶす。
「さて、銀細工の話があるとかでしたね。現物はどちらに?」
ひとまず仕事を優先だ。彼女たちの気持ちを切り替えさせるためにエドワードは申し訳ないと思うのを隠しながら、彼女たちが回収した銀細工について尋ねた。
「あ、そうですね。外に停めてある馬車なんですが……」
「モイラに馬車を商館の裏口に運ばせましょう、詳しい話はこちらで」
先ほど彼が出てきた応接室に案内される。ソファに長めのローテーブルだけといった簡素な作りで、空のカップを端へ避けて彼女たちに座るよう促す。
「すみませんね、片付けも済んでいないのに。忙しくてあまり時間が取れないんですが構いませんか、このあとは行かなければならないところがありまして」
頭を掻きながら困り顔をした彼のスケジュールはぴっちりと詰まっている。本当ならばもっと時間を割きたくてもそうは行かなかった。
「手短にお話します。実はモンストンでひと騒ぎありまして──」
リズベットたちが巻き込まれた騒動の末に銀細工を届けるようダルマーニャ子爵から依頼を受けてやってきたことをひとつも漏らさず伝える。エワルドという商人の名を聞かされたエドワードはがっかりして顔を手で覆った。
「ああ、エワルド。よく他の商人を小ばかにしたような物言いをする男で、何度か注意をしたこともあります。次はないと言ってやったんですが……そうですか、彼が。納得です、おそらく報復もかねての行為でしょう。あなたたちにも子爵にも頭があがりません、心からのお礼を言わせてください」
頭を深く下げるエドワードに、リズベットは慌ててぶんぶん手を振った。
「あ、頭をあげてください。アタシたちはただ──」
「やるべきことをした。それが大事なんですよ、コールドマンさん」
謙遜する彼女を見て、エドワードは可笑しそうにしながら言う。
「誰でもできて当たり前じゃないんです。綺麗な言葉を並べることは誰にでもできますが、実行に移すのは難しい。今回のような騒動共なればなおさら、あなたたちは自分たちの危険も顧みず、私たちの助けになってくださったではありませんか」
ふたりを称える彼の表情は陽光のように暖かで嬉しさに満ちている。
「なにか私たちにも出来ることがあれば遠慮なく仰ってください。できるかぎりの力にはなれるよう努力はさせていただきますから」
じゅうぶんにありがたい言葉を受けてリズベットは手を叩く。
「あ……じゃあ、魔女様に連絡を取る方法を知りませんか?」
「魔女様へのお取次ぎですか?……うーん、そうですねえ」
彼は腕を組んで考え込んでしまう。無理なら構わないと断ってみると、彼は「そうではないんですが」と頭をぼりぼりと掻いた。
「実は知らないんです。カレアナ商会でも彼女と長く直接的なやり取りをしていたのは何代も前に館長を務めていらっしゃったマリー・カレアナひとりだけでして、以降はそれほど積極的に関りがあるわけでもなく……」
カレアナ商会と魔女の繋がりが強いのではなく個人間のものだったとエドワードは語る。なにしろ彼が知る話ではマリー・カレアナは各地へまわって商会の支部を作るために尽力し、魔女とも濃密な友人関係を築いていたので、ときどき会う約束を取り付けることもあるほど仲が良かったという。
だが、そこから何代かを過ぎれば商会の運営を引き継ぐだけでも後継者の全員が多忙を極めていたし、魔女には敬意を抱いていたが個人的な付き合いはなかった。
「ですが、ひとつだけ会う方法はあります」彼は力強く言った。
「本当ですか、エドワードさん。もしよろしければ教えて下さいますか?」
希望を持ったリズベットとソフィアの瞳が明るくなる。そう遠くないうちに再会できるかもしれないと内心で喜んだ。しかし簡単とは言えない話だった。
「あなたたちを信じて本当のことを話しますと、今は例の銀細工を各地から集めるのに忙しいんです。どうにも魔女様と深い関係があるとかで、定期的にやってきては集めた銀細工を保管しておくように仰られるんです。なので長期的な話にはなるんですがウェイリッジに滞在していれば、そのうちには……」
待っていれば会えるのは確かだ。ウェイリッジに頻繁に訪れているのはよく耳にする。けれどもエドワードが言うのは『これといった期間の決まりがない』という問題点。銀細工をいくつか集めては立ち寄ったときに預けていくので、数週間どころか数カ月以上の間が開くこともある。さすがに短期を期待して待つことはふたりには不可能だ。
「うーん……ねえ、ソフィアはどうしたい?」
依頼などいくつも転がっているわけではない。ウェイリッジでいつ会えるかもわからない魔女を待って財産が枯渇してはおおごとだ。ゆだねられたソフィアは少しだけ残念そうにして、フッと笑った。
「観光だけしていきましょ。今はとても美味しいものが食べたい気分だわ」




