第22話「また会いましょう」
ふたりが辿った紫煙の先は、モンストンの片隅にある貧民街──といっても他の町に比べれば外で寝ている人間も見当たらないが──のとある小さな家の前。どこよりもくたびれた雰囲気のある崩れかけの壁をした家の中に紫煙は伸び、ふわっと消えた。
しかしふたりは押し入ったりはしない。捕縛はソフィアがいれば難しくはないだろう。しかし魔法を使っているところを見られるのは困るので、ひとまずソフィアが見張り、リズベットがオルケスや憲兵団を呼びに行く。
ちかくに馬車らしくものは見つからず、どうやらどこかで乗り捨てて身を隠しているようだ。ほとぼりが冷めれば、隙を見て町から逃げ出す算段があるのは間違いない。
残念ながらエワルドのたくらみは相手が悪かった。まさか家の外に魔女が見張っているとは思わない。窓からひっそり覗き見て彼女に気付くと不審には感じていたが、かといってモンストンのような田舎町に住んでいるとも信じがたい見目麗しい外見に騙されて、気に掛けるほどでもないと引っ込むだけだった。
事態を把握した頃にはもう遅い。周辺の道はすばやく封鎖され、リズベットがオルケスを連れて戻ってきた。彼は家の前で腕を組んで大きなため息をつく。
「あの犯罪者野郎め、モンストン出身だと聞いたが本当にねずみのように逃げ回る男だ。何度も君たちに助けられてばかりで申し訳ない、手間を取らせたな」
小さい巾着袋をリズベットに渡す。中には銅貨や銀貨が詰まっていて、追加報酬だと彼は言った。「あとは俺たちがやる、君たちの時間ばかり奪うわけにはいかない」と彼女たちを出発させ、走っていく馬車に大きく手を振る。
「ウェイリッジに向かうなら西門から行け! 必要はないかもしれないが君たちに贈り物も用意させておいたから受け取るといい!」
そう言われて、御者台からソフィアは顔をのぞかせて手を振り返す。
「ありがとう、オルケス! またモンストンで会いましょう!」
オルケスと別れ、風を切って馬車は町を駆け抜ける。言葉通りに西門へ行けば数人の憲兵が待っていましたとばかりに彼女たちを門前で止めた。
「リズベット様とソフィア様ですね、子爵から話は伺っております」
「我々からの感謝の気持ちです、受け取ってください」
彼らは荷台に食糧だけでなく瓶詰にされた貴重な塩や胡椒、くわえて毛布や小さめの絨毯などを積んでいく。
「いいんですか? アタシたち、大したことしてないのに」
「我々を重なる失態から救っていただいた礼ですから」
あまりの好待遇に感じたリズベットは落ち着かない様子だったが、モンストンを愛する彼らにとってはまだ気持ちとして足りないくらいだった。それでも積載量に限界はあるし、必要以上のことをしたら彼女たちも戸惑うだろうと諦めただけに過ぎない。
そうして彼女たちが門を出ると「またモンストンへいらしてください!」と快活で嬉しさに満ちた声をそろえて見送った。
「なんか色々してもらっちゃったねえ。毛布に絨毯まで」
「でもこれでゆっくり旅ができるわね」
「たしかに!……でも、ごめんね。観光らしいことできなくて」
モンストンでの日々は大忙しで息つく暇もなかった。すべて仕事が終わればゆっくりできたかもしれないと考えもしたが、オルケスはきっとそうさせてくれないだろう。
毎晩のように彼女たちのための祝宴を開きそうなくらいだったし、なによりルクスのすがたを見かけたくもないとソフィアが言うので観光はあらためてウェイリッジでしようと決めた。
「ウェイリッジまではどれくらいかかるの、リズ?」
「ここからは三日くらいかな、そんなに遠くないよ」
モンストンとウェイリッジは外観的にはそう変わらない雰囲気のある町だ。ひとつ違うのは線路が敷かれていて、町の傍を列車が通るので他の町との交通の便が非常に良い点だろう。天候にも左右されず、ゆっくりと眠ってもいい快適な時間が提供される。
ただし目的の場所を通り過ぎてしまったときは諦めるしかないとリズベットはけらけら笑った。
「良い旅になると思うよ。魔女様も列車をよく使うって話だし、運が良ければ会うこともあるかもね? 観光もして、魔女様も探して……ぜーんぶ終わってもいっしょに旅が続けられたらいいなあ。そんな元気がなくなるまで、ずっと」
いつかは年老いて旅をする元気もなくなるかもしれない。見えない未来をほんのすこしだけ不安に思いながらぽつりと言えば、ソフィアは複製した魔導書を読みながら「ええ、そうね」と、永遠を生きる魔女のことを羨ましく思った。
「でも歳を取るのも素敵なことよ。たとえ旅ができなくなっても、私たちが過ごす時間のすべては決して無駄になんてならないのだから」
魔導書をぱたんと閉じて傍に置き、風に靡く髪を手で梳く。
「今は何も考えず楽しみましょ。私たちの旅をね」




