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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第一部 スケアクロウズと魔法の遺物

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第19話「過去にさよならを」

 ルクスは意識を失って床に倒れ伏す。彼はきっと目を覚ましたとき、今までのような華やかで自由な世界から悔恨の沼に沈んでいるのに気付いてさぞや大慌てだろう。想像して彼女はくすくす笑いながら、ベッドで眠るリズベットのからだを揺する。


「起きて、リズ。アイリーンの宿へ帰りましょ」

「ん、ううん……あれ、アタシは何を……?」

「指輪のせいで意識を失ったのよ。でも、もう大丈夫だから」


 倒れて眠っているルクスをみて、リズベットは彼女が助けてくれたのだとすぐに理解した。そして何があったのかも聞かずに「これからどうするの?」と尋ねた。


「言ったでしょう、宿に帰るのよ。明日からは銀細工も集めないといけないし、忙しいから彼の相手をしてあげる暇なんてないわ。ゆっくり休みたいの」


「……うん、そうだね。行こうか、長居は禁物だし」


 眠ったままのルクスを置いて部屋を出ると、メイドが紅茶を運んでくる途中だった。驚いた様子で「どちらへ行かれるんですか?」聞かれてすぐにソフィアは「用が出来たの、ごめんなさいね。それから彼がお茶は下げてほしいそうよ」そう伝えて、質問に足止めされる前に彼女たちは邸宅をあとにする。


「リズ、宿までの道は分かるかしら?」

「もちろんだよ。さあおいで、こっちだ!」


 モンストンは彼女にとって庭だ。たとえ目隠しをされてどこかへ連れて行かれても、ひとたび外の景色をみれば自分がどこに向かうべきかなど手に取るように分かる。ソフィアの手を引いて門を抜け、町を駆けた。


「ちょっと。あまり急がないで、ドレスだと早く走れないんだから」

「あ、ごめんごめん。じゃあここから歩こう!」


 邸宅からすこし離れていれば、誰かが呼び戻しに来る心配もない。落ち着いたところでふたりはゆっくり帰り道を歩きだす。


「……ね、ソフィア。これで良かったんだよね? アタシ、あいつがどんな目に遭うかってのはなんとなく想像がつくんだ、君がすることだから。でもちょっと良い気味だなって思っちゃってさ……。最低じゃない、アタシって」


 うつむくリズベット。これまではルクスの言いなりで、反抗的な態度や言動があればすぐに暴力が振るわれた。誰のおかげで金を稼げているんだと言われた。積み重ねられてきた冷たい過去によって滲んだ黒い感情に彼女は自己嫌悪に陥ったらしい。


「それが普通よ、リズ。だれにでも優しい人間なんてそういないわ。……でもよくあんなのといっしょに旅ができていたわね、どうして逃げなかったの?」


「……うーん。どうしてかな、最初は良い人だと思ったんだ。最初はさ」


 誰にでも対等に、あるいは自分を下に考えて行動するリズベットにとってルクスは初恋の相手に近かった。彼自身、顔立ちは整っていたし、すこし優しい言葉をかければ誰だってついていきたくなるような、とても嘘つきには見えなかったから。


 いっしょに旅を始めて彼の本性は時間もかからないうちに明らかになる。なにしろついた町で女性に声を掛けては宿に向かうのだから、リズもため息がでた。しかし彼はきちんと稼いできたし、大した知名度のないリズベットにとって彼は必要だった。


 それが女性たちから巻き上げたものだと知るまでは。


「アタシはもちろん最初は怒ったよ。でもほっぺた引っ叩かれちゃってさ。『俺が稼いでやってるんだろ、能無しのくせしやがって!』……なんて、馬鹿だよねえ。アタシってばそのときはなんていうか家を出たばっかりで不安で、心の拠り所が彼しかなかったから、それじゃ家にいたときとなーんにも変わんないのにさ」


 思い出して泣きはしなかったが、がっかりさせられた。自分自身に。


「でも、ムカつくよね。『お前みたいな女を連れてるだけで周りから馬鹿にされる。大した顔もしてないヤツなんかに興味も持てないし、毎日イライラする』だって! こっちこそ君みたいな態度のでかいヤツなんか願い下げだっつーの!」


 今になってみればよく分かった。自分がいかに馬鹿だったかを。ソフィアが傍にいてくれなければ、また同じ道を歩んでいたかと思うと背筋がひやりとする。


「本当にありがとう、ソフィア。えらそうなこと言って、アタシも君に救われたね。……どう、がっかりしてない? 思ったほど大したヤツじゃないなって」


「大したヤツじゃないのはお互い様よ。私はどちらかと言えば嬉しいわ」


 指にはめたままだった魔法の指輪を外して握り締める。ソフィアは空を見上げて、くすっと笑った。


「だって私たちは似た者同士。これからずっといっしょに旅をするのに、これ以上ない最高の条件じゃない。すごく安心したわ、これからもよろしくお願いね、リズ。モンストンの観光案内をしてくれる約束でしょ? 楽しみにしているんだから」


 ふたりは歩く。この出会いはきっと必然で、過去に囚われ続けていた自分たちが前に進むために必要なものだと感じながら。


「ふふーん、じゃあ美味しいものをたくさん食べよう! アタシが知ってる限りの最高の店をぜーんぶ案内してあげちゃおう!」


「……ええ、嬉しいけれど食べきれる程度にお願いするわ」

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