第17話「過ぎた道具」
ソフィアは自分が何をしようとしているのか、決して話はしない。リズベットも聞いてほしくなさそうな彼女に深く問い詰めることはせず、ルクスの邸宅まで黙ったまま過ごした。従者たちが彼を出迎え、馬車にいるふたりを部屋に案内するよう告げた彼は「夜までゆっくり過ごしてくれ」と、必要なものはメイドに用意させるよう言った。
ネフェル家はダルマーニャ子爵と親交が深く、モンストンに居を構えている。ソフィアはルクスがおそらく令嬢に取り入るために指輪の能力を使ったに違いないと踏んだ。
しかし総じて人間の普遍的営みというものは変わらないものであり、ネフェル家の実効的支配を手に入れても立場は彼を楽に生活させたりはしなかった。
「お客様の部屋はこちらになります、どうぞごゆっくり」
メイドに案内されたのは二人部屋だ。広くゆったりとした空間で、来客向けに使用できるように常々メイドたちは清掃と準備を怠たらない。荷物を置いて、リズベットはベッドに腰掛けると大きなため息をついて肩を落としてしまった。
「ごめんね、アタシのせいでルクスなんかと関わって……」
「気にしないで。魔道具が回収できるのなら良いじゃない?」
幸いにもルクスは、ソフィアに魔法が効かないことに気付いていない。回収は容易で、早々に済ませてエイリーンたちといっしょに食事をしたいと彼女は期待する。
「そうだ。あなたは何もしなくていいわ、リズ。たぶん彼はあなたにも魔道具を使うはずよ、邪魔されたくないから。……でもきっと手出しはしないし、させたりもしない。そのあたりは信じてくれていいわ、絶対に」
自分の恩人であり、大切な友達。ソフィアは何があっても守ることを約束しルクスが動きだすのを待った。途中、ネフェル家の令嬢であり彼の妻エスニアが挨拶にやってきたが、ルクスは早々に邪魔者扱いして「俺の客人だ、あっちへ行っててくれ」と追い払う。
「悪いな、いちいち気を遣うだろうから顔は出さなくていいと言ったのに聞かなかったんだ。そういうところが不便なヤツだよ、まったく」
苛立った様子で部屋の扉を閉め、鍵をかける。中には三人きりだ。
「まあいい、あいつらにも飽きて来てたところだったからな。せっかくだし三人でゆっくりしようじゃないか。なあ、リズベットも今日は泊まって行けよ。すこしくらい遊んでいくだろ? 俺も退屈してたところなんだ」
近寄ってわざとらしく優しくするように手を振れる。指輪のはめた手からふわっと仄かに紫煙が舞い、リズベットは途端にぼうっとして「……うん、そうだね。ありがとう」まるで気力が削がれたような返事の仕方をする。
「ソフィア。君も、もちろん泊っていくよな?」
本命は彼女だ。ルクスは指輪の能力を使って手当たり次第に欲望を満たす悪趣味を持ち、何人も食い物にしてきた最低な男だ。ただし日常的な行動を制限することはできず、これまではリズベットと共にいることであらゆる町の貴族に取り入るなどして彼女には興味も示さなかった。
ただ今日は気が向いて、長らくモンストンから出られていない──どうしてもネフェル家の人間としての立場が邪魔をした──ので、せっかくだからと使ってやるかくらいの気持ちになったようだ。おぞましさのあるニヤニヤした顔で。
(やっぱりリズには効いてしまうわよね。可哀想に……)
今は何を言ったところで人形のようにルクスの思いのままだろう。人払いも済ませているはずだからとソフィアは偽りの自身を演じるのをやめた。
「残念だけれど、今日はすこぶる体調が悪いのよ」
「……? ああ、大丈夫さ。しばらくうちにいれば──」
一瞬、なにを言われたか理解できなかったのかルクスは不思議そうにしながら、指輪のはめた手でそっと彼女に触れようとした。だがあっさりと払いのけられる。
「なにしろあなたの身の毛もよだつような魔道具の使い方を見ていると、たまらないくらい吐き気がしてくるの。返してくれるかしら、あなたには過ぎた道具よ」
ソフィアの腕輪が瞬く間に変形し、部屋の壁を這って扉を塞ぎ逃げ場を奪う。驚いたルクスは腰を抜かしてしりもちをつく。彼女はそんなこともお構いなしに近寄って、その細枝のような指で顔をがしっと掴む。
「ほんっとうに下らないひとね、あなた。──指ごと取り上げられたくなかったら、さっさと指輪を外しなさい、外道。私の機嫌をこれ以上損ねないうちに」
切り裂くような冷たい視線がルクスを睨みつける。彼は「わ、わかった、わかったから放してくれ!」と叫んだ。そして彼女がパッと手を離すとすぐにふさがれた扉に向かっていき、何度もたたいて「誰かいないのか!」と喉が痛くなるほどの大声を出す。
「誰にも聞こえないわ、そういう結界を張ってあるから」
「け、結界……!? なんだ、お前、まさか魔女……!」
「馬鹿言わないで、私はちょっと真似事ができるだけよ」
のびた荊が彼を捕らえてソフィアの傍へ引きずってくる。
「でもあなたの制裁をするくらいは簡単よ、ルクス。まずは指輪を返してくれるかしら、話はそれから少しだけなら聞いてあげても構わないけれど?」




