『スケアクロウズの物語』
ソフィア・スケアクロウズの人生を知る者は、レディ・ローズを中心とした限られた人物だけとなった。数十年も経てば多くの事柄は人々の記憶から消え去り、過去にあった事件などについては耳に聞くばかりで真実がどうであったかなど語られることはない。
しかし没後三年のときが経って、私は記事ではなく一冊の本に纏めてみることにした。誰もが存在を知っていながら、触れたりはせず遠巻きに見つめていた〝魔女の代理人〟──いや、ここでは〝銀荊の魔女〟と記そう。その呼び名を持ち、魔女に選ばれた稀有な人間の足跡を辿ってみようと思ったのだ。
もちろん、生前から何度か取材を行ったことはあったがスケアクロウズ女史は基本的に寡黙で、あまり自分のことを語りはしなかった。それもあって私は彼女の死後、親交が最も深かったとされているレディ・ローズに何度も手紙を出し続けて、今回特別に許可を受けたのである。
その前に、私ことアリステラ・ウェブリーがどうしてソフィア・スケアクロウズと出会ったのか? という話をさせていただく。といっても簡素なものだ。私の祖母であるオクタヴィア・ウェブリーは存命だった頃には近衛隊を率いるほどの手腕で、引退してからも特別顧問として彼らの指導に携わったのは、そこそこに誇れる話であるが、祖母の最も誇れるものはスケアクロウズ女史との深いかかわりだ。
今から数十年前にさかのぼったヴェルディブルグ領内でも有名な事件のひとつが〝貴族令嬢殺害事件〟。人々の耳にいまだ張り付く事件の話は、ただ貴族令嬢が物乞いに襲われたとかであればそれほど話題にもならなかっただろう。
現実は違う。当時近衛隊長だった男が婚約者であるコールドマン伯爵家令嬢を私利私欲のために殺害、挙句の果てには自殺に装って責任を他人に擦り付け一年間にもわたり人々を騙し続けていたという、類を見ないような質の悪い話だ。
その事件で初めて世間的に魔女が指定した代理人の存在が広がることになる。祖母は事件で殺害された令嬢と仲が良かったことから、スケアクロウズ女史との繋がりができたらしい。当時、侍女をしていたというリタ・クロフォードという女性にも話を聞いたが事実だったと確認が取れている。
私が本を扱う気にさせられたのは祖母が先日亡くなったからだ。彼女は亡くなる前日、こう言っていた。『ソフィアさんが挨拶に来てくれた』と。私はそのとき強く興味を惹かれた。スケアクロウズという不思議な人物の生涯に。
リヴェール孤児院の特集記事を組む際に何度か話を聞いたことはあったが、彼女の私生活についてはひとつたりとも聞き出すことができなかった。なので、これはひとつの機会、あるいは運命だと思うことにして私は今も世界のどこかにいるという魔女レディ・ローズの足跡を辿り、ようやく連絡を取ることができた。
いささかストーカー紛いだったのは認めよう。ただ、私もよく知らない魔女の代理人ソフィア・スケアクロウズという女性について語って頂けたので後悔はない。多少の反省はしているつもりだが、それ以上に素晴らしいことだったのだ。
すこし脱線したので話を戻そう。私がスケアクロウズ女史の足跡を辿るにあたって、その最初に聞いたのが、とある貴族令嬢の話。名を〝リズベット・コールドマン〟と呼び、スケアクロウズ女史の七十余年の人生における最大の理解者の存在。
私は彼女を〝もうひとりの魔女代理〟だと感じた。というのもレディ・ローズが語るとき、とても輝いた表情をされていたからだ。
『ソフィアの生涯の友人であり、恋人でもあった』
いついかなるときも傍にいて支え続け、四十代半ばで魔女代理という任から降り、旅行者を引退。リヴェール孤児院を設立してから十年ののちに流行り病によって亡くなった。当時はまだ医学もほとんど進んでいなかったので、多くの人が犠牲になったが、リズベット・コールドマンもそのひとりだった。
最愛の者に先立たれる不幸が、どれほど心を蝕むものなのかは私には想像ができない。しかし彼女を知る者に聞いた限りでは、先に亡くなられたコールドマン女史にしてもスケアクロウズ女史にしても、その最後は穏やかで幸せそうだったとレディ・ローズは語ってくれた。
どんな人物だったのか? と尋ねてみると『明るくて優しい子だったよ。だがリズベットがいなければ孤独死していそうなくらいの懐きぶりだった。犬みたいだな』と、心底面白がって笑っていたのは印象的だ。
魔女の代理人といえば事件を解決する凄腕。魔女に選ばれた稀有な人材として知られているが、実際には等身大の女性として駆け抜けるように生き抜いてきた、ひとりの人間でしかない。人並みに悩み、人並みに恋をし、人並みに幸せを求めた。私たちが押し付けるかの如く抱いてきたイメージというのは、それで終わりの物語だ。
きっとこれからも彼女の想いを真に理解できるのは、リズベット・コールドマンただひとりなのかもしれない。私はそう思う。
ところで、話はすこし変わるが、リヴェール孤児院を立ち上げるのに至った理由だけは、存命だった頃にソフィア・スケアクロウズ女史本人から直接聞いた。そのときの言葉を最後に記しておこうと思う。
『孤独はひとから幸せを奪うもの。だからひとりでも多く、すこしでも長く遠ざけてあげたい。自分たちの目で世界を見て、自分たちの手で幸せを探せるように』