第13話「気にしない」
オルケスは茶会に興じるのをやめて、仕事の話も済んだらさっそく支度を済ませて「君たちは休んでいてくれ、それだけ調べがついているのならあとは俺の仕事だ」とふたりを応接室に残して出て行った。部下の裏切りと自らの町で行われた違法行為に憤慨し、いてもたってもいられなかったようだ。
ソフィアは変わらず落ち着いた様子でクッキーに手を伸ばし、彼を見送って閉まる扉にフッと笑った。だがリズベットはそわそわ落ち着かない。
「ねえ、ソフィア。いったい昨夜に何があったの?」
テーブルに転がる銀のロケットをひょいと手に取り、不思議そうに首を傾げる。酒に酔って眠ってしまったのでさっぱり記憶にない彼女はソフィアがひとりで何か危険なことをしていたのではないかと不安になったらしい。
「居場所を突き止めただけ。それは私がわがままを言ってアイリーンたちから譲ってもらったものよ。……あなたは怒るかもしれないけど、魔法を使ってね」
追跡の魔法は最も簡単なもので、銀のロケットを売った商人を効率よくかつ安全に見つけ出す手段に使った。そうすることでオルケスの依頼を即座に解決へ導くことができるし、なにより自分が黙っていればリズベットが『信用のない人間』として見られることがない。彼女の役に少しでも立ちたいと思ったゆえの行動だ。
ただ彼女が喜んでくれるかといえば違う。もしかすると『こんな方法で信頼なんて得たくない』と言われるかも、とソフィアはすこしだけ緊張した。
「へえ、便利なもんだねえ。魔女様を探すのにも使えそう?」
「えっ? いえ、魔女に魔法は使っても意味がないから……」
意外にも普通の反応が返ってきて驚いてしまう。リズベットはとくに気にすることもなく、ソフィアがしたことを「アタシのためにわざわざごめんね」と謝って気遣った。自分が酒に酔って深い眠りについてさえいなければ彼女がひとりで商人の行方を探すなどしなかったはずだからだ。
「でも、どうして魔女には魔法を使っても意味がないの?」
「魔力についての研究をしたときに知ったことなんだけど、」
ポットに入った紅茶の残りをカップに注ぐ。
「小さい魔力では大きな魔力を持つ者に対して作用しない。だから魔道具みたいに必要最低限の魔力しか注がれていないものでは私に効果はないし、たまさか魔法を扱える才能がある程度のスケアクロウズ家が産んだ些細な魔力では、本来の魔女が持つ大きな魔力に対して作用するこは決してないの。だから探せない」
かつてスケアクロウズが魔導書を盗み、財産にしようと実際に行使して得た結果だ。魔女が奪い返しに来ると分かっていたので、先に居場所を掴んでおけば見つからない工夫もできると考えた。だが魔法の奥深さは彼らの理解力では及ばない。
何百年と魔導書の研究と構築に携わってきた本来の魔女だからこそ、多くを知り魔法を完璧と言えるまでに扱えるのだ。
「だから私は彼らが城の中に保管していた魔導書に関する資料を擦り切れるまで読み漁り、独自に魔導書の複製品を創り上げた。いつか本物の魔女に会いたくて。……もしかしたら、あっちは会うのも嫌かもしれないけれど」
魔導書を盗んだ人間の血筋など会いたいはずもない。ソフィアの表情が曇った。
「どうかなあ。アタシが魔女様だったら大して気にしないよ」
小さなマフィンをかじり、テーブルに落ちた食べくずを手で一か所に集める。指についたぶんも払い落しながらリズベットは言った。
「魔女様はとんでもなく心が広いって聞くし、きっと君が抱えてる悩みとか不安なんて些細なことだよ。このマフィンのくずひとつみたいにさ」
「だといいんだけれど。……それで、これからどうするの?」
いつまでも邸宅の主人もいないのに、お茶会に興じ続けているのもどうなのかと思った頃合いでソフィアが尋ねる。
「そうだねえ。滞在費は子爵様が工面してくれるっていうし、魔道具探しのついでにもう少し観光でもしていこうか。アタシもまだまだソフィアを連れて行きたい場所とかあるからね。モンストンは第二の故郷みたいなものだし!」
ふんすと鼻を鳴らして自慢げにするリズベットをみて、ソフィアはくすりと笑った。それからふいに気になって「あなたの出身ってどこなの?」それとなく聞いてみる。彼女はまたクッキーに手を伸ばし、窓の外を見た。
「王都だよ。歴史は浅いけど国民から慕われる良い貴族。それがコールドマンなんだ。でもアタシはそんなに好きじゃなかった。いつも鳥かごのなかにいるみたいで」