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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第三部 スケアクロウズと恋する女盗賊
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エピローグ②『魔女はやってくる①』

────ロッチャから遠く離れた町・アッセンフォイル。典型的な田舎町だが、いささか治安が悪く、金払いさえよければどんな仕事で請け負うような人間も混ざった陰鬱な場所。道端にゴミが転がり、何日も水を浴びていないような浮浪者たちが残飯を求めてさまよっている。


 そんな薄汚れた町の片すみにあるおんぼろな喫茶店──傍目に営業しているかさえ怪しくなる──で、ひとりの男がぶつぶつと文句を呟いていた。手もとにあるコーヒーは冷め、食事は雑に済ませて、もう一時間以上居座ったままだ。


「あの小娘共の邪魔さえ入らなければ……」


 男は貴族だった。とはいえ『元』という前提がつくのだが。


 名をハンデッド・アンダー・フォン・ハストン。すこし前までは子爵を名乗り、ヴェルディブルグの王都で彼を知らない者は少なかった。それがいまや犯罪者として世間的に良くない知られ方をしているのだから落ち着いてはいられなかった。


 もとはといえば、プラキドゥム山脈の鉱山を自分のものにするために、ロッチャの町を罠に陥れようとしたことで大勢の人間が犠牲になっているのが原因だ。


 彼は自分の私利私欲に忠実で、岩盤事故に見せかけて現町長であるルーカス・クレリコの父親グレゴリオを殺害し、そのほかの労働者たちも巻き込んでの大騒動に発展させた結果、魔女代理であるソフィア・スケアクロウズとリズベット・コールドマンの二名によって全貌が暴かれて計画も儚く消え去ってしまい、今に至っていた。


 しかし、まだ終わりではない。ヴェルディブルグでの生活は首を絞めるものの、アッセンフォイルは裏社会の人間が大勢いる。子爵という地位に固執しなければいくらでもやりなおす機会を得ることができてしまう。


(何度思い返しても腹が立つ……。まんがいちのために資産を分散しておいたのは正解だった。おかげで王都に戻らないままでも数年は豪遊できるだけの金がある。これを元手にリベルモントかジャファル・ハシムを拠点に変えるのが一番だろう)


 商売はどこでも可能だ。狡賢く、蛇のように這って生きるくらいハンデッドには恥でもなんでもない。顔も名前も変えてやればいいと考えている。卑劣であることはすなわち手段であり、彼にとってはただの日常。朝起きたらコーヒー飲み、バターをたっぷり塗ったトーストを食べるくらい当たり前だった。


「失礼、退屈なのだがごいっしょさせて頂いても?」


 突然、女性の声が聞こえてハンデッドは窓のそとを見るのをやめて振り向く。「どうぞ」と促した相手は対面の席に「ありがとう」と礼を言って座る。真っ黒い髪に深碧色の瞳。まるで司祭を思わせるような黒い服にはいささか似つかわしくない髑髏のネックレス。どこかの邪教信奉者か何かだと彼は感じて距離を取りたくなった。


「さきほどから独り言が聞こえていてね。興味が湧いたのだが、何か面白くないことでもあったのかな? あまり良い顔もしていないようだ」


「……まあ、ちょっとした仕事の失敗ですよ。自分では上手くいくと思っていたのですが、予期せぬ邪魔が入ってしまって。おかげでこんな町に来るはめに」


 実に気に入らなかった。アッセンフォイルは堕落者のいきつく先と言っていい。彼は自分がそのような場所にふさわしくない人間だといまだに思っていたし、いずれ立場を取り戻すことができれば自分を陥れたソフィアたちに復讐しようともしていた。


 女性は届いた自分のコーヒーを飲みながら。


「それは哀れな話だな。どれくらい前の話なんだ?」

「もう二カ月以上も。アッセンフォイルにはひと月ほどです」

「なるほど、では革張りの椅子が恋しい頃かな」

「……どういう意味ですか?」

「なに、お前を見ていればだれでもそう思うさ」


 女性は彼の整った身なりを見て、事情がなければアッセンフォイルに滞在するなど考えられないと指摘する。着ているコートも、革靴も安物ではない。陰鬱な町の景色はどこを見ても彼ほど立派な服を着ている人間が、まず見当たらない。


 さらに言えば、一ヶ月以上も本来の住処とは違う町に滞在するとなれば当然、それなりの生活をする余裕があるということだった。


「なるほど。では貴女は? 違う町から来たのですか?」

「ああ。私の友人からちょっとした頼まれごとをしてね」


 どうやら女性は人探しをしているらしく、町へやってくる予定はなかったがすこし前から連れといっしょに三人でやってきていると愉快そうにした。


「こういう町は基本的に立ち寄らないんだ、金につられて妙な連中が絡んでくる。お前もそうじゃないのか、ハストン。それとも金に物を言わせて用心棒でも雇ったか? 子供が歩き回るよりも目を付けられやすいだろうに」


 鋭い視線。射貫かれたような感覚に、彼は背筋がぞくりとする。女性の真っ黒だった髪が鮮やかな紅色に変わっていくのを見ながら、彼はまさか、と小さく震えた。人間には受け入れがたい現象も、世界にはたったひとり認められた存在がある。──魔女。それは幸せを運ぶとも不幸を呼ぶとも言われているが、実態を知るものはほとんどいない。


「ソフィアがずいぶんと世話になったそうだな。ぜひ、その礼をさせてほしい。──ああ、遠慮は要らない。王都でお前の帰りを待っているやつらが大勢いるんだ、さぞや喜んでもらえるだろうさ」

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