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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第三部 スケアクロウズと恋する女盗賊
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エピローグ①『新たな未来へ』

「姉さん、起きて。姉さんってば」


 ぐうぐう眠っていると揺り起こされて、オルガは心底不愉快そうな表情を浮かべて睨みつけた。


「今日は休みだろうが……もうちょっと寝かせてくれよ」

「普段ならそうしてるとこだけど、ほら、これ見て」


 手に持って彼女に突きつけるように見せたのは手紙だ。薔薇の封蝋に加えて、ソフィア・スケアクロウズの署名もあった。


「うおっ!? 手紙が届いたのか、先に言えよな!」

「話聞こうとしなかったじゃないか。ねえ、なんて書いてる?」

「……ああ、楽しくやってるってさ」


 開いた手紙をルーカスとふたりで覗き込む。


『親愛なるクレリコ姉弟へ。私たちは今、近隣国であるジャファル・ハシムの知人の家を訪れています。そろそろヴェルディブルグでは涼しくなってくる時期のはずですが、こちらはまだまだ残暑厳しくリズベットはすっかりやる気を失っています。ところで伝統工芸品らしい? はやぶさの羽根を使った首飾りが売っていて、青い石がついていたので思わず買ってしまったので贈ります。気に入って頂けると幸いです。追伸、近いうちに顔を出しに行きます。ソフィア・スケアクロウズより』


 手紙といっしょに届いた首飾りを見てふたりで顔を見合わせる。


「へえ、ターコイズじゃないか。こっちでもたまに採れる奴だ」

「小さいけど悪くないね。今の僕らにはぴったりじゃないかな?」

「言えてるな。オレたちも旅はしねえが鉱山はどこも危険だし」


 ターコイズの石言葉には成功や繁栄、そしてなにより健康や安全といった意味もあり旅人には幸運のお守りとして人気だ。ふたりへ贈るにはちょうどいい。


「どう、似合うか。似合うよな? もちろん似合ってるよな」

「似合ってるよ。僕もどう、おかしくないよね?」

「オレの奴のほうが光沢があってきれいだ」

「……なんでそういうところで見栄張るかなあ」

「ったりめーだろ、ソフィアがオレのためにくれたんだぞ」

「僕にもくれたけど……いや、まあいっか。きれいだしね」


 受け取って身に着けたら、もうじっとはしていられない。ルーカスはともかくオルガは自慢がしたくてたまらず、さきほどまで眠たそうだった目は期待と興奮にぎらついている。弟の仕事に疲れた様子などそっちのけで「出かけるぞ!」と引っ張った。


「姉さん、出かけるったってどこに?」

「そりゃあ……あっちこっちだよ。あっちこっち!」

「また適当なことを。今日は酒場の改装の手伝いが──」

「しらね。ほかの連中もいっぱい行くんだろ」


 こうなっては言うことを聞かない。オルガはそもそも働き者というほどでもなく、誰かに指図されるのは働くより嫌いだ。町の人々もよく知っているだけに誰も怒ったりはしないが、その都度振り回されるルーカスは不憫に思われていることもあった。


「仕方ないなあ。わかったよ、僕の負けだ。行こうか」

「最初からそう言えばいいんだよ。さあさあ、急げ急げ~!」


 家を飛び出し、颯爽と町を練り歩く。道すがら多くの人々に挨拶をしながら、ソフィアにもらった首飾りだと自慢してまわる。ルーカスは最初、彼女がどこを目指して歩いているのかとんと理解できなかったが、しばらくして町の片すみにある墓地の前で足を止めたのに気付く。


「親父とおふくろにも自慢してやんねーとな」

「だったら花束のひとつ買っておくべきだったんじゃ……」

「……まあ、それはそれだ。とりあえず行こうぜ」


 いまさら買いに戻るつもりもないらしい。とはいえ後ろめたさはあるようで、両親の墓を先に掃除することになった。


 かぶった砂を払い、枯れた花を捨てて、飾ってあった酒瓶を退ける。十五分ほどで落ち着いたら、ふたりで墓の前に立ってじっと刻まれた名前を見つめた。


「なあ、ルーカス。ここへ連れて来たのは墓参りのためだけじゃねえんだ。ちょっと話を聞いちゃくれないか?」


 いつになく改まった様子でオルガは話す。


「オレ、しばらくロッチャを出ようと思うんだ。……あ、別に町で暮らすのが嫌なわけじゃなくてさ。ここで手に入る原石のなかでも、パパラチアサファイアを筆頭にいくつか貴重なものがあるだろ。それらがよく採れる近隣国があるんだけど、そこへ行ってオレたちが採掘したものと取引してもらえないかなって」


 プラキドゥム山脈ではよく採れる原石も他国では珍しいものがある。またロッチャの人々は加工の技術も持っているので、貴重な宝石の飾りなどを特産品として自分たちの町を盛り上げ、今まで以上にたくさんの人が訪れるような良い場所に発展させていく。そのためにオルガは一時的にロッチャを出ようと言うのだ。


 ルーカスはそれに反対しなかった。自分たちが、そして自分たちの意志を受け継ぐ誰かがロッチャをこれからも守り続けるのに重要な土台作りだと同意する。


「もしうまく行けば観光事業にも手を回せそうだね。ソフィアさんたちもきっと驚いてくれるんじゃないかな? 姉さんがそんなこと考えてるなんて」


「へへーん、当然だぜ。いつかソフィアを嫁に迎えるためだからな!」

「……うん? それはええっと、つまりどういう話?」

「なんだ、分かんねえのか? オレの弟のくせになあ」


 やれやれと肩をすくめて呆れながら、オルガは続けた。


「あいつにゃ今はリズベットがいるけどよ。いつかはオレのほうが魅力的だって気付かせてやるのさ。そのためには、まず自分の町を良くしていかねえと。ここがどんなに素晴らしい場所かってのも大事だからな! ハッハッハ!」


 くだらないと思いつつも、それが彼女の夢であり希望なのだと思えば案外悪いものではないのだろう。ルーカスはぷっ、と小さく噴き出した。


「姉さんって諦めが悪いよね。なんでも押し通そうとするっていうか」

「それが味ってモンだろ? 一度きりの人生くらい楽しく行こうぜ、楽しく」


 涼やかな風が吹く。飾っていた酒瓶を手にしたオルガは、コルクを抜いてぐびぐび半分ほど飲んだところで、残りをルーカスに差しだす。


「オレたちの新しい未来に乾杯だ。親父たちの前でな」

「……ああ、そうだね。きっとふたりとも喜んでくれる」


 飲みなれない酒をいっきに飲みほして、ふたりは笑い合った。ロッチャの町を巡った事件は終わりを迎え、真実を知った姉弟の新たな道。両親も新たな門出を祝福してくれるに違いない、と。

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