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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第三部 スケアクロウズと恋する女盗賊
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第36話「最悪の状況」

 ハンデッドを見失わないうちに馬を走らせる。リズベットが後方から「後からアタシも追いかけるよ!」と叫ぶのに振り返って小さく手を挙げて返す。


 今ここで彼を逃してしまえば、かならずどこかで同じような事件が起きてしまう。絶対に逃がしてなるものか、と縮まらない距離でも諦めずに追いかけた。


「……ムカつくよ。オレたちにとっちゃクソ親父でも、人の為に働いてたのは事実なんだ。それをたかが自分(てめえ)の稼ぎのために殺しやがっただと。あんな奴に良いように振り回されてたなんて、オレは本当に馬鹿だよな」


 ロッチャの町で暮らしていたときは何不自由なく、好きな場所にいて好きなように過ごしてきた。忙しそうにする人たちに差し入れをしてみたり、ときには仕事を手伝って汗を流して笑い合う日々。母親を亡くし、父親との決別をきっかけに飛び出した世界は広すぎて、彼女はなにも知らなかった。悪意に満ちた人間がいつでも近くにいたことなど知る由もなかったのだ。


 小さなわがままがきっかけで、どれほど多くの人間に苦しい思いを強いてきたのか。そして自分の考えがどれほど浅はかだったのか。今になってソフィアやリズベットたちを通じて愚かであったと理解し、なんとも無様なものだと痛感した。


「でも、これからでしょう。あなたには償う機会がある。それに人間は本人の意思の持ち方次第で死ぬまで学びを得ることが出来るものよ」


「ハハハッ、良い事言ってくれるじゃねえの。じゃあ頑張るかな」


 励まされていっそうやる気に満ちる。これまでの償いはハンデッドを捕らえることから始めようと思った。なにしろ彼こそがすべてを引き起こした張本人であり、自分たちの父親を奪った男だからだ。


「──おっと、待て。あいつどこへ向かってやがるんだ?」


 馬をとめてオルガが足下を確認する。雨でいくらかまだ濡れた土に蹄で踏んだような跡が下山ルートへ向かっていないのを見て、彼女は眉間にしわを寄せた。


「ここのところ天気が悪くて良かったな。正面のルートは森に入るからオレの仲間もまだ何人かテントとかの片付けに残ってるし、見つからないためにわざわざ別ルートで鉱山に逃げ込んでやり過ごすつもりだったんだろ。小賢しい野郎だ」


「よく分かるわね。やっぱり土地には慣れてるの?」

「まあな。ガキんときはあちこち勝手に遊びに行って怒られたよ」


 プラキドゥム山脈はまさしく庭だ。どこへ行ったとしてもオルガにかかれば隠れられる場所などないだろう。案の定、すこし離れた鉱山の入り口近くでハンデッドが乗っていた馬が岩陰で見つかった。


「ここに逃げ込んだか? 往生際が悪いな、本当に」

「でなきゃ人質なんて取らないわ。奥にいるのかしら」

「使われてねえから来ないと思って──いや、待て」


 妙な気配。誰も使われていない場所に逃げ込むのは、やり過ごすにちょうどいい。しかし長年の経験からか違和感を覚えたオルガは「なんかやばい気がする。行こう」ソフィアの腕を掴んでそとに出ようとする。


「おっと。そこから動くなよ、小娘共」


 待ち構えていたハンデッドが彼女たちの前に立つ。手には筒を持っていた。


「……てめえ、それはどういうつもりだ?」


 威嚇するように唸った声でオルガが睨む。ハンデッドは、そんな脅しも大したものではないとばかりにニヤニヤとしながら。


「見て分からんかね、爆薬だよ。ちょっと火を付ければ数秒で爆発するよう導火線も短くしてある。万が一のときのために用意した即席だが、まさか本当に使うことになるとは。以前のときみたく周到に用意しておくべきだったかな」


 見え透いた挑発だ。しかしソフィアが傍にいる以上、無茶なことはできない。オルガは彼女を自分のうしろに立たせた。


「そうやって親父も殺したのか。いや、あの炭鉱での事故はひとりやふたりじゃ済まなかった。てめえ、自分が何したか分かってんのか?」


「分かってるとも。だが、こんな金脈を腐らせるような連中に持たせたままにしておくのはあまりに無駄だ。先代の女王陛下も阿呆だな、本当に」


 彼のしたり顔から放たれる口汚い言葉は国への忠誠心など微塵とも存在していない。あくまで自己利益を徹底追及した邪悪な精神の持ち主だ。醜く、今にも吐き気さえ催してきそうな言動にはソフィアもしかめっ面をみせる。


「最低なひとね。あなた、その地位が自分だけで築き上げたものだとでも? やっぱり野放しにはしておけないわ、ハンデッド」


「私の努力の賜物に決まってるだろう? 座ってふんぞり返り、庶民なんぞのために精を出すなど馬鹿馬鹿しい女王もいたもんだ。まったく下らない!」


 ひとしきりげらげらと笑ったあと深呼吸をして落ち着き、爆弾といっしょに手にしていたマッチの柄をつまんだ。


「ま、私ならほかの国でもじゅうぶんに通用するだけの才能はある。あれこれと失敗は重なったが、やり直す機会はこれから作ればいい。あんたたちを始末してからな」


 導火線に火が付き、爆薬が転がされる。たった数秒の猶予しかないのをソフィアはなんとか出来ないかと咄嗟に前へ出たが、オルガは即座に「なにやってんだ、馬鹿!」と彼女を抱えて坑道の奥へと突き飛ばした。


 判断は正しかった。爆薬はソフィアが魔法を使うよりもずっとはやくに起爆し、岩盤が崩れて入り口を塞いでしまう。そとから大きな笑い声と共に『死んだかな!? ま、どっちでもいいけど!』と愉悦に浸る男の薄汚い声が響く。


「くっ……! オルガ、無事!?」


 突き飛ばされたのに加えて爆発の衝撃で飛んできた石ころが額に当たって裂けたものの、重傷にはならなかったソフィアが慌てて起き上がる。真っ暗闇のなかで彼女が胸に提げたグレーダイヤモンドのネックレスを握り締めれば、ふわりと紫煙が舞い、宝石は光り輝いて照明の役割を果たす。


 目に映った光景に彼女は絶句する。──オルガは瓦礫(がれき)のなかにいた。

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