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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第三部 スケアクロウズと恋する女盗賊
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第35話「悪あがき」

 ロッチャでの騒動もひと段落がつき、酒宴もほどほどに帰ったソフィアとリズベットは翌日の昼過ぎまで部屋から出ることはなかった。


 ぐっすり眠ったあとはゆったりと軽めの食事を取ってから町の観光に繰り出す。ロッチャの町は炭鉱で働く人々のための場所であり、それほど目立って見て回るようなものもなければ広いわけでもなく、ほかの町と比べて飲食が出来る店も少ない。そのうちぼんやりと曇り空を見上げながら「そろそろ町を出ようか」とふたりで話を始める。


「今回はなんだか前以上に走り回った気がするよ」

「馬車の乗り過ぎでお尻が痛い感じがするわ」

「アハハ、分かる。クッションあっても変わんないよね」


 いくら値段をかけようとも性能の限界はあるもので、何度も乗っていては、疲れとは別にからだを痛めて当然だ。プラキドゥム山脈自体がきれいに整備された道を走るわけではないのもあって揺れもひどく、長期にわたる滞在も予定していないからと挨拶を済ませたら出発するのにふたりはルーカスの家へ戻った。


 しかし、昼まではいたはずの彼のすがたが見当たらない。どこかに出かけているのだろうか? と見て回っていると、誰かが「ソフィア様はいらっしゃいますか!」慌てた様子で訪ねてくる。自警団の若い男で、額には汗を浮かべていて息も荒い。かなり急いでいたのだろう、ふたりが顔を出して何事かを聞くよりも先に彼は言った。


「実は監視していたハストン卿が通りすがりに子供を人質に取り、門を開けろと騒いでいるんです! いままで何の素振りも見せなかったので、我々も抵抗はするまいと勝手に思い込んでいまして。すみません、今はルーカス様が対処のために出てくれているんですが、オルガ様まで行ってしまわれて……!」


「わかったわ、すぐに行きましょう!」


 ふたりは家を飛び出して馬車に乗り、町の門まで一直線に走らせた。近付くにつれて段々と人だかりができており、門前では自警団たちも大勢が困った様子を見せている。説得はルーカスとオルガがあたっているが、状況は芳しくない。


「はやく門を開けないとこのガキを殺す! ナイフなんかなくたっていいんだ、首をちょっとへし折れば済む話なんだぞ! なにをぐずぐずしてるんだ!?」


 ハンデッドはこの期に及んでもなお逃げ出す機会を窺っていたらしい。地位も名誉も捨てて、まだ逃げ延びる腹積もりでいるのだ。


「まさかこんなことになってるなんて。なんのつもりかしら、ハンデッド? そうまでして逃げようとしても、かならず捕まるわ。はやく子供を──」


「うるさい、うるさい! 私がいくら金を掛けたと思ってるんだ、馬鹿共が! ここまでして大人しく捕まれってほうがおかしいだろう!」


 心底悔しそうにソフィアを強く睨んで指をさす。


「魔女代理だかなんだか知らんが、偉そうにしやがって! あんたさえいなきゃ金脈は全部私のものだったんだ! くそっ、くそっ! なんのためにアイツを……前町長のグレゴリオまで事故に見せかけて殺したってのに全部台無しだ!」


 誰もが目を剥いて驚く。なかには短い悲鳴さえあげる者もいた。


「てめえ、どういうことだ……親父を殺しただと!?」

「フッ……そうさ。私が計画したんだ、落盤事故に見せかけてな」


 どうしても採掘の権利が欲しかったハンデッドは、前町長でクレリコ姉弟の父親であるグレゴリオが忙しそうに炭鉱へ足を運んでいるときに現れては何度も交渉をしていた。しかしどれだけ話をしても進展はなく、『あんたの利益なんてどうでもいい、ここはみんなのものだ』と返されて頭にきたのを彼はよく覚えている。


 そこで思いついたのが、私兵を使って深夜に坑道へ爆薬をあらかじめ仕掛けておき、落盤事故を引き起こして殺害。町長であるグレゴリオさえいなくなれば楽に手に入ると思ったのだ。彼の妻も病で死んだのは知っていたし、ルーカスもオルガも町を背負うには若すぎると踏んで自分が名乗りをあげるつもりだった。


 しかし現実は違う。常に傍で見てきたルーカスは見事に父親の跡を継ぎ、その徹底した仕事ぶりで周囲からの信頼も厚く、管理者としての優秀さにはハンデッドも口を開けて驚いたものだ。


「……子供なんぞと侮っていたのは事実だ、認めよう。だがそれでも手に入れられるはずだった。……私はドラクマ商会のグラネフを通じてオルガ・クレリコの存在と計画を知り、これなら確実にルーカスから採掘の権利を取り上げられると踏んだ。順調に話は進み、ロッチャの町から活気がなくなっていくのは愉快だったよ。あんたたち魔女代理が来るまではの話だがね」


 最初はそれほど警戒もしなかった。顔見知りになっておけば金になる話のひとつでも転がってきそうだと思った程度で、まさか自分の計画を大きく揺るがすどころかすべてを水泡に帰すような邪魔者になるとは考えもせず、気付けば沼のなかに足を踏み入れていた気分にさせられた。なにしろ投資してきたものが一瞬でふいになったのだから。


「話はここまでだ、さっさと門を開けろ。……私は根に持つタイプなんだ、あんたたちのことは全員よく覚えたからな。今は引き下がるしかないが、かならずこの報いは受けさせてやる。どこにいても必ず追い詰めて後悔させてやるからな」


 人質の命には代えられず、門を開放する。自警団の馬を奪ったハンデッドが子供を蹴り飛ばして「さよならだ、また会うのが楽しみだよ!」と吐き捨てていく。


 幸か不幸か、人質に取られたのが子供ひとりだったことでオルガは「ちょっと借りるぞ!」と近くにいた自警団の馬に身軽に跳んで乗った。


「私も行くわ、オルガ! 乗せていって!」

「おう! 手ぇ伸ばせ、急いで追いかけるぞ!」


 引き上げて自分の後ろに座らせて腰に手を回させる。


「トバしていくぜ。振り落とされるんじゃねえぞ、ソフィア!」

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