第12話「信頼を得るために」
ロケットを手に取ったオルケスは蓋の内側に薔薇の刻印があるのを確かめて驚く。
「これはどこで手に入れたものだね?」
「町の片隅にある小さな宿の近くよ。ぼろ小屋みたいな」
名前を見て来るべきだったと内心に自分を責めたが、どうやらオルケスはよく知っているらしく──町の領主として常日頃憲兵に負けないほど巡回しているからだろう──「あの〝草陰のイモムシ〟とかいう妙な名前の宿か」と彼は顔をしかめた。
「誰かが泊まっているのはめったとみないが、なるほど。観光の名所からもすこし離れているから目立たないのか。この町は事件もほとんど起きないぶん、人通りの多い場所を巡回しがちで盲点になっていたな。そこに商人が?」
ソフィアはうなずき、紅茶で口を潤す。
「商人は誰かがいっしょにいてお酒を飲みながら話していたの。相手は憲兵みたいな服を着て……そう、アイヴァンと呼ばれているのを聞いたわ」
オルケスの目つきが険しくなり、「それは本当か?」と唸る。
「ええ、たしか商人のほうはエワルドと言ったかしら」
「……エワルド? エワルド・エースか!」
彼は心当たりがあったのか、心底気に入らなそうな顔をした。
「そいつはエリス商会から追放処分を受けて行商人になった男だ、大事な売り物に手を出したとかでな。モンストンから出て行ったと聞いていたが……また同じように盗品を売りさばいていたのかもしれんな。問いただして元の持ち主に返さなくては」
手で顔を覆って、がっくりと肩を落とす。自分の信頼していた部下に裏切られた気持ちは簡単に推し量れるものではない。ソフィアはあえて気にせず続けた。
「盗品はカレアナ商会のものらしいわ、売り物でさえなかった大事な品だそうよ。酒に酔って気持ちよさそうにエワルドがそう話していたのを聞いたの」
いくつあるかは分からないが、盗品はウェイリッジから遠く離れたモンストンで──故郷であるがゆえに最も地理に詳しいからだろう──ほとんど売ったに違いないとソフィアは推測を立てる。誰に売ったかまでは覚えていなくても回収は難しくない。
「……わかった。君を信じよう、ソフィア」
「ありがとう、オルケス。それともうひとつ」
クッキーをひとかじりして時計を見る。昼まであと二時間はあった。
「彼らはあなたが近いうちに感づくと思って、今日の昼にはモンストンを出るつもりみたいよ。どこかでふらついて、そのまま出て行くかも」
「なるほど。それなら問題ない、十分に手は打てるだろう」
彼は部屋の扉へ向かって「レオン! 来てくれ、レオン!」と声を張る。「ここで待機しております」すぐに扉を開けて、憲兵の男が入ってきた。
「アイヴァン・レックスをここへ呼んできてくれ。三日後に巡回ルートを変えたいから、相談に乗って欲しいとでも言ってな。それと西門に数人配置して検問を強化しろ。髭面で小太りの商人が昼頃に来るはずだ、エワルドと名乗ったら捕らえろ」
指示を受けたレオンという憲兵は、オルケスに絶対的な信頼を寄せており「承知いたしました、すぐに手配いたします」と出て行く。
「リズベット、それにソフィア。正直なところ君たちに対する評価は不安しかなかったが撤回しよう。実に優れた者たちだ、これほど早く仕事ができるとは」
彼の大いに喜ぶすがたに、リズベットは取り繕った笑みを浮かべながら「それほどでも」と返し、小さい声でソフィアに「なにをやったの?」と尋ねる。彼女はくっくっと笑いながら「ちょっとずるい方法をね」静かに紅茶を飲む。
「ううむ、こうしちゃおれん。俺も支度を済ませて向かわねば」
「あの、アタシたちはなにをしたらいいですか」
「そうだな、君たちはモンストンにはいつまで?」
「今日には発つつもりでしたけど……」
立ち上がったオルケスは腕を組んでうーんと考えてから。
「では滞在費は俺が出そう、君たちにはもうひとつ頼まれてほしい」
彼はリズベットたちの腕を見込んで、モンストンで誰かの手に渡った銀細工をすべて回収してほしいと頼んだ。日数はいくら掛かっても構わない、と。
それも彼女たちが数日で終わらせると思ってだが。
「具体的なことはエワルドとアイヴァンを尋問してからになるだろう。今回の件は俺の部下も関わっている、全員が無実とは証明もできない。信じてやりたい気持ちはあるが……こっそり処分や転売でもされたら、今度こそ胃に穴が開きそうだ」
ソフィアは密やかにリズベットの手を握って、にやりとする。
「任せて、オルケス。リズベットといっしょに必ず見つけてみせるわ」