第34話「告白」
彼の言葉には拍手や穏やかな歓声があがった。行いは悪いものだったが、オルガという女性の人間性をよく知っているひとたちだからこそ受け入れられたのだろう。人の温かさに触れて、思わず彼女は涙を目に浮かべて小さく震える。
「……ごめん、ありがとう。今まで本当にごめん!」
これからを正しく生きる決意に何度も頭を下げた。
その日、すぐに彼女はロッチャの町へ仲間たちを呼び、これまでのことを再び謝罪して残った物資は彼らに返還した。自分たちが獲った鹿やうさぎも持ち寄って、夜には盛大な宴が開かれる。ロッチャの人々とのわだかまりを解消するには良い機会になるはずだとルーカスが中心となり、二時間も経てばそれぞれで打ち解けられたらしい。
すこし喧騒から離れた席で、ぼんやりとソフィアとオルガが並んで座って大きな篝火を眺めながらちびちびと樽のカップに注がれたぶどう酒を飲んだ。
「良かったわね、全部上手くいって」
「怖いくらいな。ふたりが手ぇ貸してくれたおかげだ」
頬が紅く染まって、オルガはすっかり酔っていた。傍にいるソフィアの肩に手をまわし、「ありがとなぁ、誤解も解けたしよォ」と抱き寄せて笑う。
「にしてもリズベットの奴、飲み過ぎじゃねえか?」
「あなたたちと会ったときも酔い潰れてたわね」
「ほどほどにさせとけよ。からだに悪いからさ」
「ふふっ、あなたが言えたことなの? ま、伝えておくわ」
爆ぜた火が空を舞う。少し前にも同じような景色を眺めて話したのを思い出したオルガは、今なら言えそうだと思って、酒をひと口飲んで口を潤す。喉を通ったアルコールの熱がふわりと全身に広がってから、彼女はぽつりと言った。
「あのさ。お前さえ良ければロッチャで暮らさないか?」
「……何を改まったのかと思えば、どうしたの突然」
「いや、さ。なんていうかオレさ、あの……」
言いづらそうに指先で頬をぽりぽりと掻きながら。
「言うのがちょっと恥ずかしいんだけど、誰かに好意を抱くってのは初めてなんだ。それが女相手とは思わなかった。……オレのこと本気で考えてくれてて、優しくて。なんか、そういうの求めるのは違うかもしれない。でもオレは──」
ハンデッドとの協力関係を解消するよう強く説得したときのソフィアは、彼女にとって愛情を注いてくれる家族のようであり、忘れていた感情が掘り起こされた気がした。そのあともいつだって気遣ってくれるのが嬉しくて、温かくて、すこし離れているあいだに『手放したくない』という想いに変わっていった。
ただ、愛するべきが女性で良いのか? 自分の感性は普通とかけ離れたものではないだろうか? と不安もあった。周囲から冷たい視線を浴びるのは怖いものだ。それでもソフィア・スケアクロウズという女性なら受け入れてくれるかもしれない。だったら諦めるほうが勿体ないじゃないか。そう思っての告白だった。
だが、言葉が紡がれる前にソフィアは彼女の唇にそっと指を置いて、申し訳なさそうに微笑んで首をゆっくり横に振った。
「分かってるでしょう? それ以上は駄目よ」
「……そう。そうだよな、分かってたよ」
視線は篝火のちかくで毛布に包まって眠っているリズベットへ向けられる。ソフィアが常に彼女と行動を共にし、互いを想い合っているのは傍から見ていれば分かることだ。それでもほんの少しの希望があるのならと諦めきれず、オルガは俯きながら。
「あいつはすごいんだろうな、お前みたいな奴に惚れられるんだから。でもオレだってあいつに負けないくらい受け入れる覚悟がある。支えられる気持ちがある。……いや、まあ、支えてほしいって甘えたいところもあるけどさ」
重い吐息が風に運ばれていく。いくら言っても敵わない相手だと分かっているのに、オルガはただ思いをぶつけるしかない。今しかないかもしれない機会だから。
「まだすこしはロッチャにいるんだろ。そのあいだは少なくとも諦める気はねえからな。……わりぃ、あれこれ言っちまって。今日はもう寝ることにするよ」
あまりしつこく言っても嫌われてしまう。今日は引き上げて明日以降に努力をしていけばいい。そう言い聞かせて帰ろうとする彼女をソフィアは「おやすみなさい」とだけ声を掛けて静かに見送った。
「ふう、なんだか顔から火が出そうだわ。……私もリズベットを連れて帰らなくちゃ。みんなに迷惑かけてしまうものね」