第33話「償いのために」
クレリコ姉弟の仲を取り持つのは楽なことではない。ロッチャで起きた物資の強奪も、もとはといえばオルガの計画が発端でハンデッドが関わるに至ったのは紛れもない事実だ。彼らの仲が改善されたとしても町で受け入れるかどうかは別の話になる。ルーカスが姉を許したい気持ちがあっても、町長とあろうものが罪人を身内だからと簡単に招き入れるようでは誰も納得はしないだろう。
「話し合いでどうにかなれば良いのだけれど……」
「うん。とにかく迎えに行こうよ、まだ始まってもないからさ」
「そうね、なんでもやってみなくちゃ」
首謀者であったハンデッドとグラネフたちドラクマ商会の人間を捕まえ、事件そのものは終息を迎えている。ロッチャの人々にも再び平和が訪れたのは紛れもない事実だ。今ならオルガを連れてきても、自分たちが仲介に入れば話のひとつくらい聞いてもらえるかもしれないと期待を込めて森へ馬車を走らせた。
彼女たちの到着を待ちながら食事を摂っていたオルガは、仲間からの知らせでパンをくわえたままテントのなかから出てきて迎えの挨拶にやってくる。
「よう、久しぶりだな。その様子だと無事に終わったか」
「なんとかね。でもこれからが大変、でしょ?」
「……ああ、分かってるよ。迷惑掛けちまうな」
強盗団の主犯となっていたオルガ・クレリコを連れてロッチャへ行くのは、姉弟の仲を取り持ったりするためだけでなく彼女自身の罪を償うためでもある。大勢いた仲間には森で待つよう命じて三人は町へ走り、門前に着く頃には緊張の糸をぴんと張っていた。
自警団が門を開いたが、すぐには入ろうとしない。不思議そうにする彼らに対してソフィアが「ここへ人を集めてほしいのだけれど。ルーカスも呼んできて」と伝えた。町の人々が報せを受けて続々と集まってくるのをしばらく待って、もうこれ以上増えることはないだろうと分かったらルーカスを先頭に呼び出す。
「……ルーカス、だめだったときは考えてるかしら?」
「ええ、もちろん。そのときはそのときです」
寂しそうな、悲しそうな表情。仄かに微笑むのが痛ましく思うのは、これから起こりうる出来事がどんな方向へ進むにせよ期待をしてはいけなかったからだ。それでも前に踏む出す覚悟がルーカスには出来ていた。
「わかったわ、それじゃあ──」
荷台からフードを被ったオルガが下りてくる。深くかぶり込んでいるため誰かは分からない住民たちは覗き込もうとして目を細めたり、眉間にしわを寄せる。彼女はひと呼吸置いてから、フードを脱いで素顔をさらす。
「……まともに顔を合わせんのはどれくらいぶりだろうな」
誰もが知っている。たとえ何カ月以上も会っていなかったとしてもロッチャの住民である彼らの記憶にはしっかり根付いている女性のすがた。
「ひさしぶりだね、姉さん。話は聞いてる」
「オレも聞いてる。……みんなには自分から話すよ」
深呼吸。良い話ではない。緊張で胸が詰まりそうだった。
「ロッチャにあった水や食糧が強盗団に奪われて生活が苦しくなったのは、オレのせいだ。いや、もっと正確にいえばオレが主犯になってやったことだ。ハンデッド──ハストン卿にそそのかされたのもあったが、まぎれもなく自分の意思がそこにあった。本当にすまない、この通りだ」
膝をつき、頭を地面に押し付けてオルガは謝罪する。自分が重ねて来た悪事は、本来なら守るべき人々であり、親しき仲の者も大勢いる。彼らを裏切ってまで自分が成し遂げたかったことなのかを告げようと顔をあげた。
「みんなから奪った物資はハストンが全部ドラクマ商会に横流しをしていて、本当は返すはずだったのにほとんど失くしちまった。償える方法なんかないかもしれない。図々しい申し出だとは思うが、どうかオレひとりの罰で許してやってほしい。ほかの連中は仕事がなくて困ってるのに付け入って、オレが金で雇っただけのひとたちなんだ」
必死に張り詰めた声で訴える。すべては自分のわがままが招いた事態だと叫ぶ。だれもが彼女の主張を、ただ黙って聞いていた。必死に何度も頭を下げるすがたを哀れむ者はいなかったが、ひとりが彼女に向って言った。
「そんなの最初から知ってましたよ、俺たちは」
複雑な表情で前に出たのは、自警団の団長だった。
「いちばん最初に強盗団のメンバーとして此処を襲撃したのは、あなたでしたよね。顔も隠して服装だって厚めでバレないようにしてたみたいですが、俺たちが聞きなれた声に気付かないわけがない。うわさにはなってたんだ、町でもね」
「……だ、だったらなんで。そのときに何も言わなかったんだよ」
驚いたのはオルガだけではない。ルーカスも、ソフィアやリズベットでさえ聞かされて目を丸くするような話が飛び出して来たのだ。
「オルガさんが出ていった理由はみんな知ってる。いつも笑顔振りまいて優しかったあなたが、わざわざロッチャへきてあんなことをするなんてよほどの理由があるんだって思ったんだ。だからあえて誰もルーカスさんにも言わなかった」
ロッチャの住民は強い絆がある。危険な仕事に身を置き、助け合って生きてきた。そのなかにはもちろん、ルーカスやオルガだって含まれている。簡単に切り離して『もう仲間ではない』と考えることが彼らにはできなかったのだ。
いつかオルガは戻って来てくれると信じて待ち、なんども繰り返される物資の要求に〝見知らぬ強盗団の仕業〟とルーカスへ報告して耐え忍び、その主犯に彼女が関わっていることを今この瞬間まで全員が口を閉ざして黙っていた。
「気持ちは分かってるつもりです。俺たちはほかにも鉱山の仕事で家族を亡くしたり、病気になって辛い思いをしてる連中がいる。いくら奥さんがそうしろったって、前町長もいささか家族に向ける情ってのが薄かったのは俺たちも感じてました。もちろん、それ以上に俺たちに尽くしてくれてることも」
住民たちはうなずく。口々に「俺たちには前町長やルーカスさんに恩がある」「困ったときにはいつだって声を掛けてくれた」「私たちにはとても良いひとだったのも事実だ」と言い出した。それが彼らの総意である、と理解してもらうために。
「ハストン卿も捕まって俺たちゃもう悩まされることもない。ルーカス町長と魔女代理のおかげだ。──どう処分するかは自分らで決めて下さい。俺たちはどんな結果になったって受け入れるつもり満々ですから! ハッハッハ!」
彼らの声を背に受けたルーカスは、ソフィアたちに視線を送る。『自分が決めてしまっていいか』という思いを受け取ったふたりは、にこやかな表情を浮かべて小さくうなずいた。彼ら姉弟が、いちど壊れたものを直せるように。
「……わかりました。では皆さん、こうしましょう。姉さん──こほん。オルガ・クレリコならびに強盗団として雇われた人々には、罰として僕たちの仕事を無期限で手伝ってもらうことにします。もちろん労働者としての最低限の生活を保障して、ね」