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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第三部 スケアクロウズと恋する女盗賊
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第32話「逃げ道はない」

────三日後はあっという間にやってきた。


 疲れを癒すにはじゅうぶんな時間で、そのあいだソフィアはいちども魔法を使わなかった。適度にそとへ出て町を歩き、声を掛けられては足を止めて穏やかに過ごす。


 そして当日には内心、だれよりもうきうきとした気持ちでハンデッドがやってくるのを待ち、ルーカスの自宅で優雅に紅茶を飲む。


「いよいよだね。手短に済みそうだから緊張はしなくていいかな?」

「なにを言われても証拠は揃えられるもの、当然よ」


 いくら二枚舌で誤魔化そうとしても逃げ道はとっくに断たれている。緊張に苛まれることになるのは相手のほうだとソフィアはクッキーをひとつ齧って満足げにする。


 それから数分もしないうちに家のそとから『すみません、ハストンですが』と尋ねて来た声が聞こえる。どこか陽気混じりで、それがふたりにはすこし可笑しかった。


 ルーカスの案内で全員、応接室に集まったら、軽い挨拶を済ませてさっそくハンデッドはちらちらとソフィアに視線を送った。彼女はどうぞとばかりに軽いウィンクをして本題を単刀直入に切り出させる。ハンデッドはやはり嬉しそうに言った。


「ではルーカス殿、とても簡潔に言わせて頂きますと、先日、魔女代理と話をして、改めて私が採掘の権利を売って頂くことになったのです。その事情については……ソフィア嬢からお聞きになったほうが早いでしょう。納得していただけるはずです」


 ニコニコして期待を向けられたソフィアは静かに紅茶のカップをテーブルに置く。見つめたのはルーカスではなくハンデッドのほうだ。


「採掘の権利は譲ってあげるわ。──あなたの身が潔白だったらね」

「……はい? 今なんと仰って……」


 胸にナイフを突きたてられたような感覚。どきりとして聞き間違いだったのではないか、と確認のために尋ね返すとソフィアはニヤリとした。


「オルガ・クレリコを唆し、あまつさえ物資はドラクマ商会に横流し。そして彼女たちに見限られれば、今度は自分の私兵を使って町へ運ばれてきたモンストンからの支援物資にまで手を出した。憲兵団に怪我も負わせた。全部知っているのよ?」


 動揺を隠そうとハンデッドはコーヒーを口にする。


「ハ……よく分かりませんが。そのような方々に覚えはありませんし、なにか証拠でもあるのですか? 私がそんな悪事に関わっているなどありえない話だ」


「アタシたちは冗談で言ってるわけじゃないよ、ハストン卿」


 逃げの一手を許さず、釘を刺すようにリズベットが割り込む。


「たしかに証拠はない。アタシたちが見たのはオルガさんがあなたと夜に坑道で話していたところだけ。彼女の協力もあって、だけど。……そこでハストン卿に問題だ。なんでドラクマ商会との繋がりをアタシたちが知っているでしょうか?」


 彼女からの問いにハンデッドはまたどきりとしてカップから手を放しそうになるのを寸でのところで堪え、目を見開く。


(……あの小娘にはドラクマ商会の話はしていない。だとすると、あのとき物資を盗んだごろつき共が──いや、待て。まさか?)


 ひとつの終着点、彼の思考が辿り着いたのはオルガ・クレリコの存在。彼女たちの協力者になっていることに引っかかりを覚え、顔をあげる。その答えが口から出せないでいるのを察してリズベットは続けた。


「あなたが隠していた物資はオルガさんと協力して回収し、見張りだったふたりを利用してドラクマ商会を罠にはめた。その結果グラネフ商会長が何を考えたかなんて、お互い商売相手なんだから分かるよね? もう誰も味方はしてくれない」


 はっきりと告げられて痛感する。もともとグラネフは狡賢く、めったと表立った行動をとらない。それゆえに今回の大きな案件に関わるときからいささか警戒されていたのは分かっていた。だから自分も同じような手を(・・・・・・・)打っていた(・・・・・)のだ。


「……そうですか。では私が自警団の方々に町から出してもらえなかったのも、あなた方が三日後に此処へ来いと言ったのも、全部私が邸宅へ戻るのを防ぐため。あのとき連れ立っていた私の兵士も油断を誘うのに連れ歩いていたわけだ」


「御明察ね。私たちがまったく気づいてないふりをしてあなたに美味しい話を持ちかけた、と思わせるのに彼の協力があれば確実だったから」


 今頃はオルケスたちモンストンの憲兵団に加えて王都の近衛隊にも話は伝わっているだろう。ハストン邸は捜索の対象だ。ドラクマ商会から押収したものを証拠に踏み込まれれば、彼の悪事のすべてが公になるのは間違いない。


「……はあ、そうですか。どうやらなにを言ったところで退路などないようですね。残念だ、もっとうまくやれるはずだったのに」


 悔しすぎて笑いが零れる。もうすこしで手の届きそうだと思っていたものは自分が見ていた幻覚にすぎなかったのだ、と。


 諦めた彼の肩に、ぽんとルーカスの手が優しく置かれる。


「ハストン卿、既にこの件については自警団にも伝えてあります。この町には牢などありませんから縛り付けたりはしませんが、ラルティエの近衛隊があなたを迎えに来るまでのあいだ常に監視はつけさせて頂きます。構いませんよね?」


「ああ、もちろんですとも。いまさら逃げ出したりしませんよ」


 がっくり肩を落として項垂れ、ルーカスに連れられて部屋を出る。あとはそとで待機させている自警団に彼の身柄を預けて近衛隊が町へやってくるのを待つだけだ。ソフィアたちはひとつの大きな仕事を片付けて、ふう、と安堵の息をつく。


「あとはオルガさんを迎えに行くだけだね」

「ええ。正直、ここからが大変な仕事なのよね……」

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