第31話「三日後を楽しみに」
ソフィアからの提案をハンデッドはすんなり受け入れた。これまで多くの投資をしてて、どれだけの損害を被ったか分からない。いくら策を講じてみても裏目に出たことのほうが多いだろう。またとない最後の機会だと考えて臨もうとしていた。
採掘の権利さえ手に入ればこっちのものだと言わんばかりの興奮を内心に押さえつけながら、ロッチャへの滞在を伸ばす方向へ舵を切ってひと安心する。彼女が連れ立った男──自身の雇った偵察──も上手くやり過ごしてくれたのだろう、と話を聞いて勝手に思い込む程度には、もう彼の願望は一直線に突き進んでいる。
「では三日後。楽しみにしておりますよ」
「ええ、じゃあ私たちは用があるからこれで失礼するわ」
小さくお辞儀をしてソフィアたちは酒場をあとにする。酒場の主人に空けてくれた礼として銀貨一枚を渡し、待たせていた男を連れて馬車で向かったのは憲兵たちが泊まっている大きな宿だ。
そとでオルケスが部下といっしょに煙草を吸っており、ソフィアたちを見つけたらすぐに火を消して、持ち歩いていた鉄製の小さな箱に放り込む。
「オルケスさん、それはなに?」
「ああ、これかい。灰皿だよ、持ち歩く用のね」
「最近はそんなのがあるんだ」
「そのへんに捨てるわけにもいかんからな」
腰に手を当てて大きな声で笑う。灰皿がないのなら持ち歩けるようなものを用意しろと作らせたオルケスの特注品で、派手な銀の装飾を施してあった。
「で。君たちが連れている男は誰だね?」
「あなたのために捕まえて来たハンデッドの兵隊よ」
「……ほお。やはり優秀が過ぎるな、君たちは」
彼女たちの堂々とした表情に、嬉しくもあり困惑もした。いつか彼女たちが誰かから恨みを買い、身の危険に晒されるようなことがないだろうか? 魔女の代理であったとしても、いや、たとえ魔女が相手だったとしても構わない者たちはいくらでもいる。オルケスは友人が危険な目に遭うのは好ましく思わなかった。
「もっと我々を頼ってくれても構わないんだが」
「ええ、そのつもりで今日は来たのよ」
森へ出てオルガたちと会い、そこでグラネフたちを捕まえていると伝える。彼に頼みにやってきたのはもちろん、悪徳商人を近くの大きな町へ連行して現地の憲兵に引き渡し、然るべき罰を受けさせること。加えて王都ラルティエにあるハストン家の捜査を近衛隊と共に行ってほしいという話をした。
聞かされたオルケスは「すぐに支度をする」と部下たちに声を掛けて帰還に向けての準備を進めさせる。モンストンへ戻る途中ですべて済ませ、証拠を集めて保管しておく、と。彼らが先だって動いてくれれば、ハンデッドには成す術などないだろう。悪事は明るみのものとなり、彼がロッチャに手を出すことは二度となくなるのだ。
「それでハンデッドはどうするんだ。このまま放っておくのか?」
「三日後に会う予定になっているわ。そのときが楽しみね」
「……ははっ、あいつも可哀想に。今頃祝い酒を飲んでるかもな」
くっくっと笑い合う。悪人に天罰が下る瞬間が近づいていると思えば、それも当然だった。
しばらくが経って、歓談の最中に部下たちが「準備が終わりました」と伝えにやってくると、オルケスは名残惜しそうにしながらも胸に手を当てて彼女たちに深くお辞儀をする。
「では少し早いが我々も出発するとしよう。君たちの仕事が成功することを祈っている、魔女の代理人たちよ。またモンストンにも寄ってくれたまえ」
オルケス率いる憲兵団はロッチャを去る。馬車に乗った彼らを見送り、遠くを走っていくのにふたりは大きく手を振った。
「また会いましょう、オルケス! 次はモンストンで!」
「お土産持っていくから期待しててよね!」
声が届いたかは分からないが、ふたりはすっきり晴れやかな表情を浮かべる。やがて小さくも見えなくなった馬車を想い「良い友人が出来て嬉しいわね」「本当にね」と言葉を交わして、自分たちもゆっくり三日間を過ごすためにルーカスの家へ帰ることにした。
魔法の使い過ぎでソフィアも顔色はあまり良くなく、魔力の消費を指輪で押さえているとはいってもかなりの疲労が溜まっていた。
「あとすこしだね、アタシたちの仕事。……でも正直いちばん不安なのはルーカスくんとオルガさんが仲直りできるかどうか、って話だよねえ。町のひとたちも想うところはあるだろうし、そっちのほうが上手くいってほしいなあ」
「それは彼女たちの誠実さ次第よ。ま、大丈夫だとは思うけれど」
ぐぐっ、と伸びをする。昨日の天気の悪さも忘れるような快晴と涼やかに吹く風が心地よかった。ソフィアはなにか良い事がありそうだ、と思いながら。
「そろそろ私たちも帰りましょ、リズ。疲れをしっかり癒さないとね」