第30話「説得」
傷を癒したソフィアは、捕まった男に歩み寄ってグラネフが捕まったことやハンデッドの企てた計画について知っていることを伝え、逆に自分たちのために働かないかと誘った。ただ金で雇われただけの男はここで彼女たちに寝返ったほうが自分の身の安全は保障されるはずだと思い、二つ返事で協力を認める。
ただ彼女は見逃すなどひと言も言わなかったのだが。
「じゃあオルガ、私たちはいちどロッチャへ戻ってオルケスが帰る前にグラネフを捕まえたことを伝えておくわ。そのあとの仕事は彼らがしてくれるでしょうから……そうね、数日後には迎えに来るわ。それまで待っていてちょうだい」
「おう。オレたちは野営には慣れてるし、森なら全然平気だ。ゆっくり良い報せを待つことにするぜ。頑張れよ、声は届かなくても応援してっからさ」
「ありがとう。じゃあまた会いましょう」
軽い握手を交わし、捕らえたグラネフたちを憲兵に引き渡すまでは彼女に任せる。伝令役だった男を馬車に乗せて、こんどはロッチャへの帰り道を走った。
固く閉ざされた町の門前から争うような声が聞こえるのは、そこにハンデッドがいるからだ。まだ外に出られないのかと文句を言いにやって来たらしく、かれこれ十分以上は言い争っているという。自警団の若い衆たちに浴びせられる罵声にうんざりした。
「なんとかなりゃしませんかね、ソフィアさん……」
「それなら団長さん。私もちょうど彼に用があるのよ」
探す手間が省けて願ったり叶ったりの状況に足取りは軽い。門を開けてもらうと、見るからに不機嫌なハンデッドが彼女たちの傍にいる自分のの雇った男を見て瞬間だけ目を丸くして驚く。衆目の手前、取り繕いはしたが内心は穏やかではない。
「こんにちは、ハンデッド。会えて良かったわ」
「あ、ああ……どうも。私に何か用が?」
「そうなの。すこし話したいことがあって」
あまりひとがいる場所で話すことではないと伝えて町の小さな酒場を探す。いつも訪ねるところでは誰かが来てしまうかもと席を外してもらいやすいように、だ。彼女たちよりも長くロッチャに滞在しているハンデッドは頭のなかに多少の地図が入っており、それならばとふたりを連れて案内する。
小さな酒場の主人は彼と顔見知りになっていて──快くは思っていないようだったが──仕事の話をしたいと言うと納得して、煙草を片手に店のそとへ出ていく。室内には四人だけとなり、傍にいる兵士の男がいつまでもいっしょにいるのを彼はひどく落ち着かない様子で何度もちらちらと見た。
「……何を気になさっているのかしら?」
「ああ、いえ。そちらの方はどうされるのかと思いまして」
気付かれているのかいないのか、それを確かめたいのだろう。ソフィアは素知らぬふりをして、男に「ごめんなさい、すこし話があるから」と彼も酒場のそとで待つように言い、ハンデッドに苦笑いを浮かべて小さく頭を下げる。
「ごめんなさい。彼が森で道に迷っているのを拾って連れてきてあげたのよ。……まあ、それはどうでもいいんだけれど、ひとつあなたに良い話が出来てね。採掘の権利を売ってあげてもいいかと思って、すこし相談しようかと」
さきほどの不安など一気に吹き飛ぶような話だった。ハンデッドはまさに餌に喰いつく魚のように「本当ですか? いったいどうして」と驚いて尋ねる。
「ほら、昨日話したのを覚えてるかしら。出たらしいのよ、強盗団。相手が憲兵と分かっていてもお構いなしで怪我人もいたわ。……正直侮っていたと言わざるを得ないわね。こんなにも危険だなんて思わなかったし、憲兵団もそろそろ帰ってしまうから、まだほかにも仲間がいたら町の状況は繰り返しで何も変わらない。せっかく大枚叩いて権利を買っても管理しきれないんじゃ意味がないもの」
魔女の代理としての仕事もあり、自分たちも長く町に関わっていられない。しかし、だからといって人任せにしていては町の住人の不満を解消することはできないだろう。そもそも魔女代理だからといって金銭的余裕があるわけでもなく、それなりの資産家でもあるハンデッドならば警備を雇うこともできて問題も起こりにくい。
あらゆる観点から彼のほうが適任ではないかと考えたふうにソフィアはつらつらと語って彼を納得させるだけの理由を──いささか強引ではあるが──並べ立てた。
「……なるほど、事情は分かりました。それならばぜひとも権利を買い取らせて頂きたい。──のですが、さすがにルーカス殿に無断でとはいきますまい? いまや権利はあなた方のものとはいえ彼が反発すれば住民も黙ってはいないはず」
「大丈夫だよ、ハストン卿。アタシたちはルーカスくんから強い信頼を得ているし、事情を話してあなたを選んだ理由を丁寧に説明すれば彼も分かってくれる」
ルーカスさえ説得できれば住民のみならず自警団も、最初こそ不快感をあらわにするかもしれないが、そこはハンデッドが自分で彼らとの関係を築いていくチャンスでもあると説かれて、彼も次第に納得してうんうんと機嫌よく頷いて聞くばかりになっていった。好感触を得たら、ソフィアは「でも、ひとつだけ」と申し訳なさそうに。
「私たちにも権利を買い取ったばかりでいきなり他人に譲渡だなんて、体裁が悪いでしょう? あなたがどれくらいロッチャを観光する予定かは分からないんだけれど──三日後。ルーカスを交えてお茶でも飲みながらゆっくり話なんてどうかしら」