第28話「準備は整った」
その後、男たちから具体的な話を聞いたところグラネフとの取引は毎回かならず午後に行われるらしく、ひときわ目立って大きな木の前に荷物を置き、そこにグラネフが数人の部下を連れてやってくる。ハンデッドもグラネフも、互いに商売相手として認識しており、互いに手を出したりはしないものの護衛は常に傍に置いていた。
なぜハンデッドが兵隊を大勢雇ってまで物資を奪いに来たかと言えば、単純な利益だけでなくロッチャの住民たちを追い詰め採掘の権利を得ることもあり、彼らの日常がいちどでも潤ってしまえば一時的な不満の解消が行われるからだ。
人間というのはたとえ何度かの不幸に見舞われて膝をつくことがあったとしても、小さな幸福を認められれば立ち上がってまた歩き出す。ハンデッドがそれを許してしまえば計画は遠のいてしまう。それでも今回は見逃すはずだったと雇われていた男は言う。
「俺たちが聞かされたのは、ダルマーニャ子爵……遠い町のお偉いさんが仲介に関わってるからリスクが高いとかで計画は多少先延ばしにしてでも見逃して、グラネフさんとの取引を優先するって話だったんだ。詳しいことは分からないが……」
あのハンデッドが取引をする相手に選んだのなら、よほど同じ思考を持ち狡猾であらねば成り立たない。互いに利益を追求しての協力関係であり、もし取引が滞れば不満を抱いて揉めかねない。ハンデッドもグラネフもそれぞれが口止めを兼ねていたのではないか、とソフィアたちは想像した。
「ってこたあよう。ハストンの奴は取引までの刻限が迫ってたから、慌てて連れてきて潜伏させてた私兵共を動員したってわけだろ。もしソフィアたちから情報が得られなかったら、アイツいったいどうするつもりだったんだろうな?」
「そりゃもう金貨の一枚か二枚でも渡したんじゃないかなあ」
渡せる物資を奪われた、と言われてグラネフが納得するとは思えず、ましてやハンデッドがしくじれば自分たちの身も危ういと手を引く可能性が高い。ならば彼ができることはひとつしかない。物資の調達が遅れているとでも言ってしばらく待ってもらうよう逆に金銭を払って時間稼ぎをするだけだ。
そのあいだに何かの策を講じるところだったのだろうが、現実はそうも上手くいかない。オルケスたちはまだ町に滞在しており、物資も届いて住民は耐え抜く姿勢を取り戻している。状況は彼にとってかなり厳しいものだった。
「グラネフが押さえられれば、ハンデッドはさらに追い詰められるでしょうね。もし関係性を示す証拠が出れば裏付けのために彼の邸宅なんかも近衛隊が直々に調査できるよう王室の許可がでるから、そこまで行けたら私たちの仕事も終わるわね」
「でもよ。ハストンがロッチャにいなくて取引を見てたとしたら、飛んで帰って証拠隠滅……なんてこともあるんじゃねえのか」
「見られてたらね。でも大丈夫よ、あなたたちもいるから」
実際にグラネフとの取引場所からすこし離れる形で森のなかに潜伏してもらい、ハンデッドが来るようであればすこし絡んで追い払ってもらうだけでいい。彼女たちは既に協力関係を解消しているため難癖をつけても当然で追い払うには十分な理由が存在しているため、怪しまれることもない。来ても来なくても、ソフィアたちには関係がなかった。
指定の場所はそう離れておらず、取引の準備もできたらグラネフたちがやってくるのを待つだけだ。手伝わされたふたりの男が気に入らなさそうに「もう俺たちの仕事はこれでいいだろ」とその場を離れたがる。
ソフィアは彼らを呆れて睨む。
「あまり賢くないのね。取引はあなたたちがするのよ」
「な、なんで俺たちがそこまでする理由が……」
「だってグラネフの顔を知ってるんでしょう? 都合がいいもの」
ドラクマ商会が貴族と繋がっており、あまつさえ闇の仕事に手を染めているにも関わらずこれまで誰にも気取られなかったのは、そこに強い警戒心があるからに他ならない。そのうえ取引の際にハンデッドがおらず、見知らぬ女が物資を傍に待ち構えていれば黙って踵を返すのは簡単に予想がつく。
男たちを捕まえたままにしていたのは、この状況のためだ。
「オルガ、そろそろ準備をお願いしておくわ」
「わかった。周辺の警戒はオレたちに任せとけ。お前たちは?」
グラネフが護衛を連れてやってくるのは分かっている。ソフィアとリズベットは喧嘩慣れしていないだろうと心配そうに眉尻を下げたが、ふたりはちっとも不安など感じておらず「平気よ、ドラクマ商会が雇うのなんてごろつきでしょう」堂々としていた。
「……まあ、お前がそういうならいいが、もし何か少しでもヤバいと思ったらすぐにオレのことを呼べ。何があっても駆けつけてやるからよ」
ビシッと親指を立てると部下たちに指示を出して取引場所を離れ、オルガは周辺の警戒にあたる。すべての準備が整ったところで、ソフィアは頬をぱしぱしと叩く。
「さあ、ちょっとした細工でもさせてもらおうかしら」