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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第三部 スケアクロウズと恋する女盗賊
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第25話「勝利の女神」

 一団は町へ向かって迷わず一直線に進んでいく。枝分かれした道も、どこに誰が潜んでいるかなど確認はしない。オルケス率いる憲兵団も徐々に合流し、最初は四人程度だった彼らも十人規模での警護にあたった。


 悪天候は勢いを取り戻し始めていた。視界も良くなくカンテラの灯りがかろうじて近くを照らす程度だったが、それは相手も同じ条件だ。オルケスは「背後に小さな灯りを見た」と言い、馬の足を緩めさせて先導するふたり以外の兵士たちを留まらせる。


 ソフィアたちもまた彼らと共に残ることにした。


「連中、やはり待ち伏せしていたようだ。悪天候のおかげで灯りが見える」

「距離もかなり近いみたいね。こちらから仕掛けるつもりかしら?」

「ああ。物資を運ぶのに時間が掛かる以上、俺たちを見逃す手はない」


 もし戦闘で時間を稼がれたとしても物資を乗せた馬車の移動は非常にのろのろとしたもので、追いつくのは難しい話ではない。オルケスは自分が逆の立場だったなら、ここが正念場だと必ず実行に移すだろうと相手も同じ考えであると認識する。


「総員戦闘準備! ひとりも逃すなよ、ここで捕らえろ!」


 オルケスが馬を操り、先頭を切って背後を追ってくる集団へ駆けていく。彼の号令がかかって兵士たちも意気揚々と腰に提げた剣を手に持って「おおおーっ!」と叫んで答え、気合ばっちりだ。同時に強盗団と思しき者たちの持っているカンテラの灯りが大きく揺れる。雨に混じって狼狽えるような声が聞こえたが、即座に戦闘は始まった。


「ソフィア、どうする。アタシたちも行く!?」

「ひとりでも怪我人を出さないほうがいいわ、手伝いましょう!」


 リズベットはすぐに馬車の向きを変えて集団へ突っ込む。馬を降りて戦いに臨む憲兵団の傍まで来てみれば、なんとも驚くことにオルケスたちはたった数人で、三十名はいるだろう強盗団を相手に苦戦こそ強いられているものの対等に争っていた。


「オルケス! 下がって、ここで大怪我をしたら助からないわ!」

「ソフィア!? リズベットもなにをやっている、来るんじゃない!」


 ほかの兵士たちは互いを庇い、攻めも守りもこなしているが、オルケスだけは衣服から明らかに格が違うと判断されたのか敵の三分の一は彼ひとりに割かれている。そのような状況でソフィアたちを守る余裕などあるはずがなく、半ば怒り気味に叫ぶ。


「安心なさい、こういう多勢に無勢はもう経験があるのよ」

「馬鹿を言うな、君たちに怪我でもされたら────!」


 何かが彼の傍を横切り、立ち尽くす。馬車から降りたソフィアがのばした手。銀製の腕輪が形を変え、何本もの太い荊が瞬く間に襲い掛かって来た男たちを叩き飛ばし、捕まえ、縛り上げたのだ。少しというにはあまりに立派な魔法(・・)だとひと目で分かる偉業には息を呑んで見つめることしかできなかった。


「……ハハハ! なるほど、これは確かに俺たちより優秀だな!」


 オルケスも過去にはローズの魔法を見たことがあるが、荒事に用いるようなものは初めてだ。自分たちが苦労しているのも馬鹿らしいと思えてしまうほどの光景に圧倒されたが、ふとソフィアに目をやれば苦しそうな表情を浮かべているのに気付く。


「あ、おい。大丈夫か? 顔色が悪いが」

「私の仕事はここまでよ。魔法って体力をすごく使うの」

「ム……。分かった、君にはいくら礼を言っても足りないよ」


 リズベットが彼女を迎えるのを背に、彼は剣を高く掲げた。


「勝利の女神は我らの手にある! 一気に畳みかけろ!」


 そのあとは見事な手際で次々と捕縛していく。モンストンの治安を維持する彼らの腕は見事なものだ。怪我人も出たものの、それほど大仰に騒ぐようなほどの深い傷は負っていない。捕まった敵もすっかり意気消沈している。


 結果を言えば、ひとりも逃がさなかった。劣勢と見るや逃げ出そうとした相手よりもはやく行動に移した数名の憲兵たちによって、無事全員の捕縛に成功した。


 物資もロッチャまで安全に送り届けられ、自警団や住民の誰もが歓喜の声をあげる頃には雨も上がって月明かりが雲の隙間から差し込む。


「いやあ……見事だった、ソフィア。君のおかげで俺たちの被害も最小限に抑えられたし、敵をひとりも逃さずに済んだ。モンストンでの事件に続き、またお手柄だな! 町に来てくれたときは盛大にもてなすことを約束しよう」


 椅子に座ってゆっくり休んでいたソフィアがにこりとする。


「ありがとう。楽しみがひとつ増えたわ」

「ねえねえ、オルケスさん! アタシは褒めてくれないの~?」

「もちろん君もだよ、リズベット。馬を操るのが上手かった」


 憲兵団顔負けだったと褒めて、彼はぐぐっ、と伸びをした。


「あとは我々の仕事だ。連中にハストン卿との接点を聞き出して、今後の君の役に立てるよう努力してみる。口を割らないってこともないだろう、所詮は金で雇われているだけの無作法者たちの集まりみたいなものだからな」


 大きな笑い声をあげながら手を振り、「ゆっくり休めよ」と去っていく。リズベットも大きく手を振り返しながら、彼の背に「ありがとう、おやすみなさい!」と返事をした。


「……これで少し落ち着いたわ。私たちも帰りましょう」

「うん。明日もまた忙しくなるだろうからね」

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