第24話「警護任務」
馬車は町のそとへ向かう。門は開きっぱなしになっていて、自警団が今夜にも町周辺の山道を巡回し麓から上がってくる憲兵団を待つ備えをしているところだ。やってくる馬車の邪魔にならない程度に待機のためのテントも設置されている。
軽い挨拶をしながらソフィアたちも麓へ向かい、すこしずつ勢いの弱まってきた雨に安堵する。止むことはないとしても、真っ暗闇のなかごうごうと降られ続けるよりはずっと良かった。
「魔女代理のソフィア様ですか? どうしてこちらへ?」
声を掛けたのは若い憲兵の男だ。まだ新人だったが、後学のためにとオルケスに直接志願したところ特別に許可を受けてやってきたらしい。
「私たちもここでお手伝いをしようと思って」
「えっ、オルケス様から何も聞いてないんですが……」
見目にか弱く細身な女性ふたり。彼からしてみれば、強盗団が現れるかもしれない場所へやってきていいような人物ではない。いくら魔女代理とはいえ、だ。しかしニコニコと対応され「今から話に行くところなの」と言われて追い返すわけにもいかない。ひとまず彼女たちをオルケスのもとへ案内することにした。
現場では指示を受けて憲兵団の面々がそれぞれの持ち場へ移動するところだった。オルケスは山道の入り口で、運搬の責任者と顔を合わせるために待機している。
「オルケス! 雨は大丈夫かしら?」
「君たちか。天気も少しは機嫌を直してくれたよ」
「そう、良かったわ。私たちも手伝いに来たのだけれど」
「手伝いって、なあ。ここいらは危険だぞ」
調査では優秀だったとしても、直接争うとなれば話は別だ。荒事こそ自分たちに任せてほしいと胸を張るオルケスにソフィアがやんわり首を横に振った。
「今日に限ってはあなたたちより優秀な自信があるわ」
「本気で言っているのかね。失礼だが、その細腕で?」
決して貶しているわけではなく、大切な友人に怪我をされては困るといった具合に心配だった。強盗団を捕まえたらロッチャに連れていけば彼女たちに託すことはできるし、いちばん安全だ、と。それでもなおソフィアは引き下がらない。
「ソフィア、たぶん事情を話さないと納得しない顔だよ」
「……ふう。まあ、それもそうよね」
オルケス自身は柔軟な思考で対応力もあるが、如何せん他者が加わると生真面目な部分も顔を出す。とくに危険が身近にあるときは簡単に譲ってくれない。そこで彼女たちは物資が届くのに先立って、なにができるかを話すことにする。
「ソフィアが魔女様から特別な力を授かってさ」
「特別な力、と言うとたとえばなんだね?」
「別に怪力になるとかじゃないけど、少し魔法が使えるんだよ」
「……! ほう、それはぜひとも──あ、いや、しかしなあ……」
瞬きほどの短いときを興味に惹かれてしまい、言葉を濁して誤魔化す。いくら魔法が使えるからといって警護に加わらせるのは自分の都合でしかないと言い聞かせようとした。魔女代理というだけならともかく、彼女たちがアニエス女王陛下とも親交があるのも耳に届いている。怪我をさせて帰すわけにはいかないのだ。
しかしソフィアもまた生真面目で融通の利かない一面がある。彼がどれだけ渋っても帰るそぶりさえ見せないので、ついにはオルケスのほうから「よし、分かった。許可するよ」と折れた。
「ただし、もし身が危ないと分かったらすぐに逃げることだ。我々は訓練も重ねているし見ての通りよく鍛えているが、君たちのからだはまさに細枝そのもの。どうにもならないと思ったときは、俺たちに構わず走るんだ。約束できるか?」
これを拒否したら、こんどは無理にでも帰されるだろう。とはいえ彼女たちにとっては想定の範囲内だ。最初から妥協という着地点は用意している。
「もちろん、意地を張っても意味はないから」
「ああ、助かるよ。俺のためでもあるんだ」
「分かっているわ。今日はよろしくね、オルケス」
話が済んで軽く握手を終えたら、オルケスはふたりと物資の到着を待った。そのあいだ、ソフィアたちの馬車の荷台で大きな地図を開き、自分たちの位置や配備の状況から強盗団が潜伏していそうな複数のルート──いくつもの鉱山への枝分かれした道があるため──を再確認し、持っていたペンで印をつけていく。
「念のためここへ来る前に軽く下調べをしておいたんだが、ロッチャへ向かう本道以外はそう広くもない。枝分かれしているぶん背後からの奇襲を許すことになるかもしれない。大した相手ではないとしても警戒はしておこうと思う」
「そのほうが確実だね。ここを通るとき憲兵団の数は?」
「十人にも満たない。しかし荒事には慣れた連中だ、問題ない」
「私たちは物資運搬の行列が来るとして、どの位置にいれば?」
「今朝に詳細の手紙が届いた。荷馬車は十台ほどで、君たちは中央を頼む」
話はとんとん拍子に進み、夜がやってきたら即席の篝火を焚き、カンテラにも灯りを灯す。やがて物資を運んでくる一団が見えるとオルケスの表情も緊張感に満ちた。
ここまでの道でなにも問題はなかったかなど責任者に話を聞いて、ついに出発のときだ。ロッチャへ向かう警護任務が始まり、オルケス主導のもと山道へ入る。ソフィアはいつ争いが起きても問題ないよう注意を払い、リズベットはしっかり手綱を握った。
「……緊張してきたね。怪我しないでね、ソフィア」
「ええ、大丈夫。今度は気を付けるから任せて、リズ」