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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第三部 スケアクロウズと恋する女盗賊
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第18話「魔女の贈り物」

 帰り道は涼しかった。ぼんやりと荒れ道から見下ろせる景色、広大な森を眺めて、半ば観光気分でいたことを反省する。魔女の代理を受けてからというもの、それほど大きな仕事はなかったし任されるとも考えなかったからだ。


「……なんだかラルティエのときから、そんなに間隔の空かないうちだったわね。それもまた面倒な相手が関わってるなんて思いもしなかったわ」


「どんな場所でも何かしらの問題は起きるものなんだねぇ」


 そう言いつつも、ふたりは笑う。忙しいのも悪くない。ひとりでなくふたりなら。それに、彼女たちはおかげで多くの縁を持つことができるのを喜んだ。ロッチャに戻れば、自警団の人々が見つけて笑顔で迎えてくれるし、町のなかは今もなお苦しんでいるにも関わらず、魔女代理が来てくれたというだけで活気を取り戻し始めていたからだ。


 挨拶を交わしながらルーカスの家へ向かうと、玄関前で誰かが彼と話しているのを見つける。見知った顔が振り返って彼女たちを見つけて嬉しそうに笑いかけた。


「おお、戻ったか。ずいぶんと遅かったな」

「オルケス! ちょっと忙しかったのよ、ここで何を?」

「明日の予定を立てていたんだ。さっき話が終わったところでね」


 もう何時間と話し込んでいたらしく、理由は次の夜にモンストンからの提供として物資が届くからだ。運んでくるのは商会の人間なので、強奪でもされたらたまったものではないと安全に運び込むための計画をふたりでじっくり練っていた。


「強盗団側もそれなりの人数がいると聞かされてね。自警団の方々の連携を強めてロッチャの町が潤うように、ここへ来る前から方々の町にいる貴族や商会に話を通しておいたんだ。みんな快諾してくれたおかげでかなりの量になったそうだ」


 ロッチャの危機を聞いて、多くの人々がオルケスの活動を支持した。物資は馬車のひとつやふたつでは到底足りないほどにまで膨れ上がり、当初予定していた憲兵団での警護だけでは足りないだろうと自警団の力を借りるためにルーカスと相談を重ねていた。


「さっすがオルケスさんだね。じゃあ明日は忙しくなるんだ」

「ああ。長く滞在するのも難しいから、これくらいはな」


 彼が胸を張ったとき、刺激があったのか『ぐぅ』とお腹が鳴る。


「……ム。これはお恥ずかしい、今日はまだ何も食べていなくて」

「それなら私たちとすこし酒場で話でもしないかしら?」

「ぜひ。久しぶりに会ったのに、ゆっくり言葉を交わす暇もなかったからな」


 モンストンでふたりと別れてから、いろいろなことがあったのを伝えたいと彼は今にも歩き出しそうな雰囲気だ。「ルーカスもいかが?」と誘ったが、彼は「まだ仕事がありますので」とやんわり首を横に振った。


「皆様でゆっくり楽しんできてください。……あ、それで今日はいかがでしたか、ソフィアさん。なにか進展はあったんでしょうか?」


「ほんの少しだけね。でも報告できるほどの話じゃないわ」

「そうですか……。ありがとうございます、リズベットさんも」

「アタシ、馬車を走らせてるだけでなーんにもしてないけどね」

「何言ってるのよ、おかげで私は楽をさせてもらってるわ」

「アハハ。すこしでも役に立ててたら嬉しいなあ」


 お互いの協力あってこそだと互いを褒め合う。ほどほどに歓談を済ませたら、ルーカスとは別れてソフィアたちの馬車で酒場へ向かう。荷台に乗り込んだオルケスが「良い乗り心地だな」と敷かれた絨毯を手で優しくさすった。


 馬車での旅が長い彼女たちが道中でゆっくり眠れるよう、大枚叩いて購入した高額な馬車は貴族が乗るものに並ぶか、あるいはそれより上等なものだ。外観こそ普通だが、飾りっ気がないぶん利便性を追及されている。


「旅は上手く行っているようでなによりだ。君たちの活躍はモンストンまで届いているよ。なんでもラルティエで大事件を解決したんだとか?」


 月明かりが雲に遮られる。すこしだけ湿気の香りがした。


「偶然と言うべきね。そのおかげでいろんな方たちと知り合えて、なかなかに楽しい時間だったわ。……まあ、すこし暗いこともあったけれど」


「アタシたち、もともと観光目的だったからねえ」


 結局、最後まで観光らしい観光はできなかったものの、ローズの計らいで本来なら踏み入ることを許されないような土地でのんびり過ごすことが出来たのは貴重な体験だったと語る。「ミリアムウッドは本当に静かで良いところだったわ」とソフィアが振り返ると、オルケスは目を丸くして驚いた。


「なんと、あの場所で?……すごいな、君たちは。ミリアムウッドと言えば女王陛下でさえ立ち入りの許可を受けていないんだ。別荘の管理を任されている誰かがいるらしいが、いったいどこの誰かも分からないほどの秘密に満ちているともっぱらうわさだぞ」


 羨ましそうに話すオルケスに、ふたりは顔を見合わせる。


「俺もいちど見てみたいものだ。ミリアムウッドの聖樹と呼ばれる大木は森のそとからでも分かるほど巨大だからな。近くでみれば、すごい迫力に違いない」


 うんうんとひとりで頷くさなか、彼は手をぽんと叩いて「あ、そういえば君たちに渡しておくよう頼まれたものがあるんだった」と思い出す。


「うん? アタシたちに渡すものって?」

「ああ、実はモンストンを発つ前に魔女殿が訪ねて来てな」


 ずっと渡す機会を待って持ち歩いていたのか、懐から取り出した薔薇飾りのネックレス──ふたつあって、花のなかにはそれぞれルビーとグレーダイヤモンドがはめ込まれている──を彼女たちに渡す。


「君たちが魔女の代理と聞いて驚いたよ、最初から俺が会うことになるのを知っていたみたいだ。『これはソフィアたちにとって必要な〝証〟となるはずだ』と、何を言っているのかあのときは分からなかったが……」


 ルビーはリズベット。グレーダイヤモンドはソフィアに渡すよう伝えられており、彼女たちが身に着けるのを見届けてオルケスは「よく似合っている」と微笑む。


「またお揃いね、リズ。これってつまり、あれよね?」

「魔女代理の証明ってヤツかな。でもなんで宝石は別々なんだろ」


 リズベットがもともと着けていた首飾りを傍に置いてあった革袋のなかに入れて、ソフィアはうーん、と首を捻って考えてから。

 

「さあ……。仕事が終わったときにでもルーカスに聞きましょ」

「ああ! こういうの詳しそうだもんね。じゃあ今はとりあえず、」

 

 馬車は酒場の前で止まる。いくらかの賑わいがそとに聞こえて来た。


「とびっきり美味しい料理を食べに行こうか!」

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