第17話「姉弟だから」
深夜にもかかわらず、採掘場へ戻ってから休む間もなしに彼女たちは拠点を移すために作業を始める。オルガだけが道中を共にしたソフィアたちを見送るために入り口に残り、「また会おうな、次はいつになる?」と期待のまなざしを向けた。
「そんなに長くないと思うわ。ハンデッドの逃げ道を塞ぐには、まず信頼できるひとたちに声を掛けていかないと。……でも、その過程であなたとルーカスは顔を合わせることになる。町のひとたちにもね。本当に大丈夫なの?」
問われて彼女はすこし俯く。うーん、と腕を組んで考える。
「まあ、どのみちいつかは会うことになるだろ? いまさら考えたって仕方ねえかもな。オレはとっくの昔に悪人になっちまってるんだからよ」
いつ戻ろうとも変わらない。考えて見ても良い顔がされたくて始めたわけではないので、なにも気にならなかった。すべての始まりは、ちょっとした怒りとわがままだ。家族に見向きもしない男の背中を見て育った弟に、もっと自由でだれを傷つけることもない生き方をしてほしいという、彼女の最初で最後の願いだった。
嫌われても覚悟のうえで、せめてもの迷惑をかけた罪滅ぼしができればそれでいい。今はソフィアを手伝うことが最善に繋がると信じている。
「あのクソ貴族様に裏切ってくれたツケも払ってもらわねえと気も済まねえし、最初から憲兵団に捕まるのも織り込み済みで考えてた話だ。きちんと伝えるべきことは伝えてからだけどな!……ほら、もう行け。遅くなると心配されるぜ」
「そうね。じゃあまた近いうちに会いましょ、オルガ」
「おう! 気を付けて帰れよ、こっちは上手くやるからさ」
しばらくの別れを惜しみつつ帰路へ着く。馬車の揺れの心地良さに眠気を誘われながら、ソフィアは手綱を握るリズベットに寄り掛かった。
「疲れちゃった? 寝てていいよ」
「ううん、起きてるわ。疲れたのは事実だけれど」
同じように活動はしていてもソフィアはからだが強いわけではなく、リズベットと比べれば体力もない。そのうえ魔法まで使えば消耗はそれなりのものだ。だが「着いたら起こしてあげるから」とリズベットに言われても彼女は首を縦に振らなかった。休むのは今日のすべきことが終わってから、と言って。
「……ねえ、リズ。こんなの良くないことだってわかってはいるけれど、オルガたちのことを助けてあげられないかしら」
根っからの悪人というわけでもなく、彼らはそれ以外に選択がなかったからどんな仕事でも金が手に入るのなら引き受けたに過ぎない。更生の余地はじゅうぶんにあるし、オルガはルーカスとの血縁がある。ロッチャの人々は恨んでいるだろうとしても、なにかひとつくらいは生きる道を残してやりたいと思ったらしい。
リズベットも「そうだねえ」と首を捻った。
「どうにかしてあげたいけど、ロッチャの人たち──とくに自警団のおじさんたちは強盗団を許さないだろうね。アタシたちにできることは少ないかもしれない。でもハストン卿が大きく関わっている以上はオルガさんたちが積極的に力を貸してくれさえすれば、すこしは心象が良くなるかも」
今も水や食糧の手に入りにくいロッチャの人々が怒りの矛先を向けるのは当然の権利だ。いくらハンデッドが裏で操っていても、彼女たちが実行犯であったことは間違いないのだから。だが問題解決のために動けば裁量の余地はある。
「泥で汚れたなら、まずは綺麗に洗って流さないと。そうでしょ?」
「ええ、あなたの言うとおりよ。すこし気が楽になったわ」
「良かった。ま、とにかくやってみようよ。きっと上手くいくから」
「そうね。……ルーカスとオルガも仲直りできたらいいのに」
「それこそ大丈夫だよ。血の繋がった姉弟なんだもの」
どんなに嫌い合っていたとしても、血の繋がりは彼らのあいだに対話を生む。たとえ進む道が違うとしても、理解し合うことはできる。手を取り合うことができなくても〝お互い頑張ろう〟と応援することはできる。少なくともオルガ自身は弟の行く末を、彼に関わるだろう人々を案じて取った行動なのだから。
「そりゃあ時間は掛かるかもしれない。アタシだって父さんとは紆余曲折あったけど、お互いに本音で言葉を交わせた。それって家族だからなんだよ。血が繋がっているから、一歩うしろに下がっても、ほかのひとより距離が近いんだ。もしこれが他人だったら、きっとアタシたちは顔さえ見ようしなかった」
よしよし、とリズベットがソフィアの頭を優しく撫でる。
「君だってお父さんの本当の気持ちを知るまでに時間が掛かったでしょ。だから大丈夫、ルーカスくんもオルガさんも絶対に話し合うときが来る。アタシたちはただ出来るかぎりのサポートをしてあげよう、ふたりが仲直りしやすいようにね」