第16話「回収」
計画が決まり、大急ぎで男たちは食事を済ませて準備をする。これから祭りでも始まるかのような賑わいぶりをみせた。
「オラ、急げよ! 最後までのんびりしてたヤツぁ留守番だ!」
発破を掛けられ、男たちは気合の入った返事で答える。ソフィアたちも遅れないように馬車へ乗り、オルガが「行くぞ野郎共!」と叫べば、ついに出発だ。
採掘場からはそれほど離れていない場所にある坑道は、変わらず見張りがいた。ハンデッドといっしょにいたふたりの男だ。見るだけで分かる鍛え上げられたからだに武器まで携帯しているが、それはオルガたちも同じこと。多勢に無勢では勝ち目などなく、現れた集団を相手に抵抗を試みたものの、あっという間に取り押さえられてしまう。
「こんなことをしてどうなるか分かってるのか!?」
男の言葉に、オルガが鼻を鳴らして馬鹿にした。
「自分で奪ったもんを取りに来て何が悪いんだか。舌の良く回るネズミに金で雇われてるような連中ってのは頭の出来がよくねえらしい」
手際よく物資を運び出すよう指示を出し、捕まえた男たちをソフィアの前に転がす。「こいつらに使い道はあるか?」と聞かれて、彼女はこくんと頷く。
「どうせ金で雇われているから大した情報は持っていないでしょうけれど、物資といっしょにすがたを消したとなれば、ハンデッドも落ち着かないでしょうね」
「なるほど、焦らしてやろうってか。そのほうが動くかもな」
ただでさえ協力者を失い、そのうえ採掘の権利も別の誰かに渡ってしまった。そこへ追い打ちのように物資まで取り返されたとなれば、彼も急かされるか、あるいは諦めて撤退するかの選択を迫られることになる。
「彼も採掘の権利を手にするために、かなりの投資はしているはずよ。普通なら諦めるところだろうけれどハンデッドは欲深い人間だもの。きっと引くに引けないでしょうね。すこしでも利益を取り返すのに鉱山の一部でも欲しがるに違いないわ」
おそらく本来の補填は奪った物資を闇市に流すことで行うつもりだろうハンデッドも、その物資が手元から失われれば次の手段を考えなくてはならない。オルガたちの介入がない今、彼はみずからの足でロッチャに向かうしかない。強引な手段も取れない以上、ソフィアに取り入ることで何かしらの利益を得るのがいちばん楽だと言えた。
「私たちはいちどロッチャに戻って彼の出方を見てみましょ、リズ」
「そうだね。ハストン卿は間違いなく来るだろうから」
ルーカスとの別れ際のことを思えば、彼が非常に諦めが悪く手段を選ばない人間なのは誰でも分かる。しかし強引な方法は使えない。それならば必ず彼はソフィアに接触を図り、自分を良くみせようとするのは明白だ。ソフィアもリズベットも、彼とさいしょに出会った晩の態度から即座に同じ考えに至った。
「でもよお、こいつらは金で雇われてただけだよな? このまま捕まえておいて意味なんてあんのか。金だけ握らせてさっさと帰らせたほうが邪魔にならねえんじゃ」
「逆よ、オルガ。そのひとたちは事件の証人なんだから」
雇われているだけ。それが最も重要だ。いざというときの切り札に使えるから、とソフィアは縛られて身動きの取れない男たちの傍に寄って尋ねた。
「あなたたち、ハンデッドにいくらで雇われてたの?」
「……銀貨を二百枚。二ヶ月は遊んで暮らせる額だ」
「あらそう。なかなかの額をもらってたのね。じゃあ──」
どこから取り出したのか、彼女の手には金貨がある。
「あなたたちふたりに、それぞれ金貨を三枚ずつ。純度が高いから、四、五ヶ月は遊んで暮らせるわ。もとの報酬の倍くらいね。それで雇い主を私たちに乗り換えない? ハンデッドの味方をしていても、良い事はないと思うのだけれど」
男たちの目の色が変わる。どれだけの時間を掛ければ数カ月ものあいだ遊んで暮らせる額を稼げるのだろうか? 宿にでも払っておけば毎日のように温かい寝床が用意され、美味しい料理も好きなだけ食べられると考えると垂涎モノだ。
雇われの身で欲求に抗えるはずもなく、目の前に差し出された金貨をスッと引かれて「どうするの?」と問われて彼らはすぐに「やる、あんたの味方をする」と答える。
傍で聞いていたオルガは目を細めて心底軽蔑する眼差しを向けた。
「チッ、野良犬みてえなやつらだな。ソフィアに触んなよ」
「……彼女の言葉は気にしないでちょうだい」
彼らのプライドを傷つけでもして断られるのは困る、とソフィアが怒りの視線を送った。オルガは目を逸らして「そろそろ引き上げようぜ」と話をすり替える。
「ま、それもそうね。長居して見つかるのもいやだし、私たちはこのままロッチャに帰るわ。あとのことは任せておくから、くれぐれもよろしく。信じてるわよ、オルガ」
「任せとけってんだ。約束はきっちり守ってやるさ」