第14話「狡賢く」
拒否はできなかった。オルガのもっともな言葉をかわす手立てをハンデッドは持ち合わせておらず、仮に自分が逆の立場でも同じ要求をしただろうからだ。仕方なく彼女を案内することになり、苦い顔をする。
様子を窺っていたソフィアたちは、彼らが移動を始めるとすこしだけ待ってから紫煙を足跡代わりに追いかける。向かう先はすこし離れた別の鉱山で、ハンデッドは当初にオルガたちに指示を出した別の場所を経由して自分たちの部下に別の鉱山へ運ばせ、誰の目にもつかないよう注意を払っており常に数人が待機している状態だった。
「おう、ちったあ残ってるじゃないか」
「……必要な分を持っていけ。それで文句はないだろう?」
ハンデッドは彼女が納得してくれたと思い込んだ。しかし相手であるオルガ・クレリコは腕っぷしだけが取り柄ではなく、じゅうぶんに頭も回った。ぎろりと鋭いまなざしを向けるのは、現状に対する大きな不満があるからだ。
「てめえの目は節穴か? オレたちがロッチャから運んできた量の半分もないだろうが。それともオレ相手なら誤魔化せるか、黙ってくれるとでも思ったのかよ。友達じゃねえんだ。馬鹿にすんのも大概にしとけよ、ハストン!」
胸倉を掴んで怒鳴りつける。ハンデッドが動じることはなく、呆れたように「放したまえ」と冷たく言い放った。
「私にも考えというものがあるのだよ、お嬢ちゃん。それにいまさら君ひとりの都合で全部をふいにするつもりかね? 働く場所も機会もないごろつき共をまとめあげている君の手腕は買っているが、採掘の権利が得られたら彼らを雇ってやると約束しただろう。多少の利益を今、私がいただいても損はないと思うのだが?」
自分のほうが優位な立場にある、と言いたげにされて彼女の怒りはなおさらに増す。放り出すように掴んだ手を放し、強く舌打ちする。
「……いい加減にしとけ。オレがなにも知らないとでも思ってんのか? 採掘の権利が魔女代理に買われた話はもうとっくに耳に入ってんだよ。回収の目処もない話を隠し通せると考えてたんなら話はここまでだ。もう協力する理由はねえ」
ルーカスが採掘の権利を手放し、鉱山の所有をほかの誰かに移すことで父親と同じような道を歩まないのが願いだった。結果的に彼女自身が悪事に手を染める形になってまでも叶えたかったものには、もう手が届いている。ハンデッドの口車に乗ってわざわざ最初から断らなかったのも、あくまで彼がこれまで協力的な関係を築いてきたことへの礼節としてに過ぎない。
「物資は好きなようにしろ、あんたらのことも喋ったりしねえ。採掘の権利が欲しけりゃ、あとは自分らでなんとかするんだな。オレにはもう手伝う理由がない」
「ま、待ちたまえ! それでは君たちが損をするだけ──」
「やかましい! 女々しい野郎だ、玉を蹴り潰されてえのか!?」
彼女が吼えると、男たちはたじろいだ。ハンデッドもそれ以上を呼び止めようとはせず、彼女が立ち去るのを黙って見送ろうとする。──しかし、彼女はいちどだけ停まって振り返り「そういやあ、ひとつだけ聞き忘れた」と睨む。
「オレたちはロッチャで物資を奪うのを任されていた。それで間違いねえよな?──まさかオレの知らねえところで行商人や旅行者にまで手を出したってんなら話は別だぞ」
「い、いきなりなんの話をしてるんだ。私は知らん!」
「だといいんだがな、あんたは如何せん信用できねえ」
腰に手を当てて、やれやれと首を横に振った。
「奇妙な連中に絡まれてな。……確信が持てなかったんであんたの名前は出さなかったが、そいつらはオレたちが行商人や旅行者からも物資を奪っていると思ってるみたいでさ。──今は見逃してやるが、もしものことがあれば覚悟しとけよ」
鉱山を出て帰るとき、ソフィアたちにも『これ以上の情報はない』とひとまず引き上げるように目配せして伝える。
「どうする、ソフィア。このままハストン卿をほっとくの?」
「ええ、今は仕方ないわ。奪った物資だけでは証拠と言うのは難しいから」
実際にロッチャへ足を運んでいたのはオルガたちで、ハンデッド自身がいちどでも関わっていたという真実をカタチとして手に入れなくてはならない。現時点では〝自分たちで調査をしていた〟とでも言われて誤魔化されるに決まっている。
彼らを捕まえて強制的に吐かせるようなやり方は好ましくなかったし、なにより自分が魔女の代理であって魔女としては堂々名乗っているわけではない──必要に迫られたときだけに限るようにしていた──ので、口の軽いハンデッドならば、どれだけ口止めしたとしても簡単に誰かへ話してしまうのを嫌がった。
「でも大丈夫よ、リズ。最後に面白い話を聞かせてもらったもの」