第11話「揺れる気持ち」
提案を持ちかけたのは、純粋な気持ちからなのかもしれない。ソフィア自身、かつては抱いていた父親との確執から彼女の理屈が理解できないわけではなかったが、それでも首を縦には振らなかった。
「できない相談よ、オルガ。あなたの言う通りだとしたらあなたたちの父親も、ルーカス自身も、すこしくらいは家族に目を向けるべきだとは思うわ。でもね、それとあなたが手を染めている悪事は平等ではないし、決して行われるべきものじゃない」
手段を間違えばどれだけ主張が正しかったとしても永遠に報われることはない。本来認められるべき話が、認めてもらえなくなってしまう。味方にはなってやれなかった。彼女が今からでも悪事から手を引くことのほうが大事だからだ。
「たくさんのひとからモノを奪っておきながら、都合の良い言葉を並べて正しさを主張するなんて虫の良い話よ。本当はあなただって分かってるんでしょう?」
スープをひとくち飲み、ひと息つく。
「もうやめたほうがいいわ。悪いことは重ねているうちに、いつか自分に降りかかるものよ。もし計画が失敗してハンデッドが手を引けば、あなたたちだけが損をする」
オルガが誰とは言わずとも今回の出来事における首謀者はハンデッドだと分かっている。ソフィアは大方あの男が『物資を奪っていけばそのうち町は機能しなくなる』とでも話して強奪を彼女たちに行わせているのだろうと認識した。
そして当の本人は手を汚すことなく徐々に採掘の権利を奪えるよう足繁く通ってルーカスに説得を試みていたはずだ。それが結果的にはあとからやってきたソフィアたちの手によって邪魔をされ、失敗に終わってしまったのだ。次の手を考えるか、あるいはさっさと手を引いて逃げ出してしまうに決まっている。
「ハッ、なにを前提で話してんだか……」
「既に現実となりつつあると言ったほうがいいかしら」
空になった器を地面にそっと置いて、彼女もまた静かに爆ぜる火を見上げた。ひとつひとつが舞っては消えるのを儚いものだと思いながら。
「採掘の権利は私が得ているわ。ハンデッドもそれを知っている」
「……は。なにをばかな、あの野郎はそんな話は全然──あっ!」
慌てて両手で口を塞いだが遅く、ソフィアはけらけら笑った。実際のところ権利を持っている〝ふり〟ではあったが、ハンデッドにはそう伝わっているのだから何も間違ったことは言っていない、と堂々な態度をする。
「もうっ、こんなのに引っかかるなんて可愛いところもあるのね」
可笑しくて仕方なく、可憐な少女を前にしたかのような温かな気持ちに彼女はそっとオルガの頭に手を伸ばして優しく撫でた。
「おい、オレは小さいガキじゃねーんだぞ……」
「私にとっては子供よ。それにまんざらでもなさそうだけど」
「……撫でられたのはおふくろ以来で、なんだかな」
照れくさそうにするオルガのどこか寂し気な様子に、ソフィアはかつての自分が重なった。物心ついたときには母親のいなかった彼女には、その存在の大きさが胸に響いてくるようで、放っておくのは可哀想だと思うようになる。
「ねえ、あなたこそ私に協力する気はない?」
「あン?……オレたちが、あんたたちに?」
「そうよ。強奪した物資の場所が知りたいの」
ロッチャの人々に彼女たちが直接返せば、すこしは心象も良くなるし──これまでしてきたことは当然すぐに許されるべき話ではないが──ハンデッドも黙ったままではいられない。彼の悪事を炙りだせれば一石二鳥だ。
「……言いてえことはなんとなく分かる。でも、いまさら後になんか引けるかよ。こいつらだってごろつきあがりのくせにオレのつまらん頼みを聞いてくれて、本当はまっとうに生きる道だってあったのに付き合ってくれてんだ」
「だからこそあなたが正しい道を示してあげるべきよ」
優しく手を握り、ソフィアはどうにか彼女を今の状況から救いだせる可能性に賭けて説得を試みる。彼女が境界線を越えることができれば、ほかの大勢にも救われる道があるはずだと信じていた。
「いいかしら、オルガ。ハンデッドはあなたの考えているような人間じゃないわ。……あれは利益のために他人を平気で蹴落とせる。あなたのお父様やルーカスより、もっとタチが悪い存在よ。私はあんなやつと手を組んでほしくない」
真剣なまなざしを向けられてオルガはどきっとした。同時に彼女のなかにある良心が大きく揺さぶられる。本来ならば沈黙を貫くべきだとしても、ソフィアの言葉は心のなかにすとんと入り込んでくるものだった。
「むぐぐ……うぅ、分かったよ。あんたに協力するわけじゃねえけど、そこまで言うならオレにも考えがある。──明日の夜に会う予定だ、隠れてついて来い」