第10話「腹を割って語らう」
聞きたい話も聞き終えて、やはりといったため息が出た。ハンデッドが採掘の権利を欲してオルガたちをダシに使い、採掘の権利をかすめ取ろうとしていたのだ。それならば頻繁に足を運んでいた理由も納得がいったし、なにより町の近くにあった焚火の痕跡が誰のものかは想像がつく。
すこしずつロッチャの住民たちを苦しめ、町長のルーカスを追い詰めて採掘の権利を手放すよう仕向けていたから、時間が掛かり過ぎてはオルガも彼への不信感を持ってしまいかねない。彼がせっつくのは、それが理由だと分かった。
(……ルーカスに伝えるにしても、証拠がなければハンデッドは白を切るでしょうね。オルガたちもきっと証人にはなってくれない。捕まえて無理に吐かせるのもいいけれど、まずはここを出てロッチャに戻る手段を考えないと)
魔法を使ってまたすがたを消せば出て行くのは難しくないが、問題なのは監視がなくともひとが多いことで目につきやすい点だ。できるだけ早めの退散がしたい気持ちも、いったん落ち着かせて大勢が寝静まるだろう夜まで待つことにした。
「とりあえずお嬢ちゃん。今から支度をしないと間に合わないだろうから、準備は俺たちも手伝うしそろそろお願いできないか?」
「ええ、大丈夫よ。任せておいて」
ちょうどそのとき、テントを出たら自分の馬車がやってくるのが見えた。食材を見せられても何を作ったものかと悩んでいたところへ荷物のなかにウェイリッジでもらったレシピがあるのを思い出して、ひと安心だ。
「ソフィア! あのひとたち馬車を返してくれたよ!」
特に荷物が漁られたりもせず──そもそも水も食糧も大して持っていないのだが──レシピもすぐに見つかった。それからは暗くなる前に準備を始め、いつの間にか和気藹々とした雰囲気のなかで食事が始まった。ソフィアもリズベットもすっかり打ち解けていて、彼らが強盗団だということはひととき忘れた。
「よう、あんたらずいぶんと楽しそうじゃねえか」
オルガが片手に酒瓶を持ってやってくる。頬は紅く、酔っていた。
「あら。今までどこへ行ってたの?」
「ちょっくら用があってな。それよかオレにもスープくれ」
「はいはい。あなたのために鹿肉もとっておいたのよ」
「へえ、ありがたいね。……うん、美味い」
運よく獲れたばかりだった鹿の肉をよく煮込んだ、芋たっぷりのスープは味付けが濃く、現在療養中の料理人の男よりも美味いと評判だった。
「良いね、なんかおふくろの味ってのを思い出す」
「そう? 気に入ってもらえたのなら嬉しいわね」
「ん。ところで、お前のお友達はどうした?」
「見れば分かるでしょ。飲んで寝ちゃったの」
いつのまにかいっしょになって酒を飲み、大騒ぎして気付けばぐっすり眠っている。横顔をみたオルガはくっくっと笑って「なんてマヌケなツラしてんだか」と面白がった。
「……聞いたわ、あなたのこと。ご両親の話とか」
「あー。おしゃべりな奴がいたわけだ」
オルガは誰が喋ったかなんとなく想像がついていたし、自分がいないあいだにあれこれと彼女たちが聞いて回るのもわかっていたので驚きはしなかった。酒を飲みながら、ちゃぽんと瓶のなかで揺れるのを見つめて──。
「おふくろは病気だった。もう余命いくばくもねえって言われて、あとはゆっくり死ぬのを待つだけ。……でも、そんなおふくろを看ることもなく親父は毎日のように仕事に出てた。鉱山の管理だけじゃなくて自警団としても活動してて、他人は心配するくせに家族のこととなったらほったらかしだ」
何度も止めたが、それでも彼女の父親は最後まで耳を貸すことはなかった。それが悔しくて悔しくて仕方なくて、だから彼女は家を飛び出した。
「結局、まともに向き合ったのはおふくろが死んだあと、葬儀の日だけだった。次の日には何もなかったみたいに仕事をしてて、オレはどうしても許せなかったんだ。『いつか必ず後悔させてやる』ってな。……だけどな、その親父も死んじまった」
その後にあったことをオルガはよく知らなかったが、まだロッチャを出て間もない頃にルーカスから手紙が届き、坑道での落盤事故で父親が亡くなったと書かれていた。「あのときは急いでロッチャに戻ったよ、柄にもなく」と、当時を振り返る。
「最後まで仕事人間だったんだよな、親父は。ひとりしかいねえ親だからよお、最後にも立ち会えなくて、町に戻ったときには葬儀も済んだあとでさ。……でも、それで分かったんだよ。その精神はオレの弟がしっかり引き継いでるんだって」
酒を煽り、瓶の中身が空になって口先を尖らせる。ぱちぱちと爆ぜては空に舞い上がる小さな火を見送って彼女は言った。
「アイツも結局、親父といっしょだ。……認めたくねえが要領の良いヤツでな。親父が死んだってのに涙ひとつ見せねえで、立派に仕事を引き継いでて。それがすごく当時と重なって見えちまって許せねえんだよ。町長なんて肩書き背負ってんのが」
父親が持っていたものはすべて町で暮らすルーカスが引き継いだ。採掘の権利も。人々の生活を守っていく役目があるから、自分は父親の背中を見て育ったから。そんなことを言って堂々と前を見る彼のすがたにオルガは否定的だった。
「採掘の権利だかなんだか知らねえけど、そんなもんをいつまでも持ってちゃだめだ。アイツもいつかは好きな女が出来て、結婚したらガキだって生まれる。……仕事、仕事で本当に大切なもんが見えなくなったら、また誰かが不幸になるだろ」
ルーカスのことが今は嫌いだ。彼女にしてみれば、自分や母親に耳を傾けず、目もくれなかった父親と同じだからだ。それをなんとか今のうちに更生できれば。自分が悪人になったとしても彼が本当に大切なものに気付いて正しい道に戻れるなら、そのほうがいいのかもしれないと思っていた。
「だから採掘の権利を力ずくで奪おうとしたの?」
「最初はな。でも計画が上手く立てられなくてよ」
「そこへハンデッド……ハストン卿が現れたのかしら」
「さあて、なんのことやら。だけど協力者が出来たのは確かだ」
山脈からは離れた小さな町に拠点があった彼女は、懇意にしている酒場で仲間たちと計画を立てようと何度も相談を繰り返していた。そこへ突然、ひとりの男がやってきて『私ならもっと上手くやれますよ』と声を掛けて来たらしい。彼の計画は分かりやすく、時間は掛かるが見込みはあると思い、乗ることにしたのだ。
「なあ、あんたらどうせここを出て行くんだろ」
「そうね。ロッチャに戻っていろいろ伝えるつもり」
「……ソフィアだっけ、頼みがあるんだけどさ」
言うべきかどうか迷い、意を決して彼女は口にする。
「オレたちに協力しちゃくれないか?」