第9話「黒い取引」
人数はそれなりだが料理をできるものがいない状態で、せいぜい豆を煮て適当な味を付けたスープが出来るくらいの腕しか持っていない者ばかりだ。ロッチャ周辺で活動するようになってから美味いものを食べられていないと彼女は言った。
「食材はあるんだ。麓にある森で狩りもできるし、調味料だって他所の町から仕入れたんだ。それなのにオレたちのなかで担当してた元料理人の奴がからだを壊しちまって寝込んでてよ。なかなか体調も戻らねえし、みんなマズいメシばっかでな」
理由はよく分からなかった。なにかおかしなものでもあたったのではないか、と最初こそ皆で揶揄したが、今はすっかり意気消沈。仕事にも身が入らない。
「あなたたちがロッチャで要求した──いいえ、それだけじゃなくて商人や旅行者から奪った食糧とかがあるんじゃないの? ああいうのは保存食が基本でしょう」
「ありゃ手を付けちゃならねえモンだ。好きで奪ったわけじゃねえ」
ぎろりと睨みつけて〝これ以上聞くな〟とでも言いたげな顔をする。無理に聞き出そうとしたところで自分たちの状況が悪くなるだけだと判断してソフィアは肩を竦めた。
「ま、そういうわけだ。今日はゆっくりしていけや。……縛り付けたりもしねえし連中にも伝えておく。ただし採掘場から出るなよ」
オルガはなにか用があるらしく、それだけ伝えると早々にテントを出て行ってしまった。残されたふたりは、道沿いに置き去りになっている馬車が連れてこられるのを待つ。
「ソフィア、どうする? ロッチャのみんなが心配しないかな」
「今は慌てるだけ意味がないわ。なんだか様子も変だし……」
「うん。オルガさんも何か隠してるみたいだから気になるよね」
「とりあえず情報収集してみる? 手分けしてだけれど」
「いいかも。アタシ、話しかけるのは得意だからさ」
テントのそとに出てみる。ぱっと見ただけでも規模は数十、あるいは百に近いかもしれない。全員が退屈そうに雑談をしたり、寝ている者もいれば麓の森で集めて来たのだろう木々を運んでいる者たちもいる。遠くから見ているぶんには気さくで普通の働きをする人々の形成するひとつの集落だ。
「とりあえず、いろいろ聞いて回ってみよう。食事の用意って言っても今はみんな急いでいる感じでもないから、あとで合流して手伝えばいいよね」
「そうしましょう。得られるものがあるといいけれど」
「そこはほら、気合でなんとかなるって。じゃあ、あとで!」
いったんリズベットと別れて、ソフィアも軽い挨拶をしながら歩き回ってみる。意外にも冷たい反応を示す者はおらず、誰もが彼女に対して気前よく「お嬢が気に入ったんだってな。ゆっくりしていけよ」「美味いメシ作ってくれるって? 今夜は楽しみにさせてもらおうかな」「暇なら寝ててもいいんだぞ」と、どちらかといえば歓迎ムードが流れていた。
(なんだか不思議ね。こんなひとたちが本当に強盗を?)
ひとは見かけによらないとは言うが、彼女にはとても彼らが進んでひとからモノを奪うようには見えなかった。そのうち気になったのは、奪ったのだろう物資がどこにも見当たらないことだ。貯蔵庫代わりにしているというテントに案内されて確かめてみたが、その量はと言えばせいぜいが二、三日分。これまで数カ月、何度も奪いに来たわりには少なく思えた。
「悪いな、たいした食材がなくてよ。魚なんかは手に入らないし、肉は定期的に狩りをするんだが上手く行かないこともあってな。麓の森は広いってのに運が悪いときゃ、みんな鹿の肉をひと切れずつなんてこともあるんだ」
案内の男ががっかりした様子で語った。
「でもあなたたちは商人や旅行者、それだけじゃなくてロッチャのひとたちからも水や食糧を奪っているんじゃなかったの? それも聞けばわりと頻繁に」
「ああ、そりゃそうなんだが。うーん……言っていいのかな」
男はすこし迷って周囲にひとがいないのを確かめてから。
「訳があってよ。水は必要だから貰ったんだが、食糧に関しちゃどうなったのか分かんねえんだ。そのうちロッチャに返すって話だったんだが、お嬢もよく知らないみたいでね」
「よく知らないって、あなたたちが盗ったのに?」
「好きで強奪したわけじゃない。みんなお嬢の手伝いをしてるだけさ」
男はおしゃべりだった。ソフィアが食いついて興味津々にすると、それに気を良くしたのかぺらぺらと口を滑らせた。
「お嬢はもともとロッチャで生まれ育ったひとなんだがよ。俺たちみてえなごろつきあがりを金で雇って〝強盗団〟なんてうそぶいて、町長のルーカスって弟から採掘の権利を手放させたいんだと。あのひとのおふくろさんが亡くなったのが理由らしい」
オルガとルーカスの母親は、もう何年も前に病気で亡くなったという。オルガが家を飛び出したのは、その母親を看取らず仕事だからの一点張りで最後のときに傍にいなかった父親を恨んでのことだった。『いつか後悔させてやる』と息巻いて。
「ひでえ親父さ、自分の好いた女の最後も看取らねえなんて。で、なんとか採掘の権利を手放させるために必死に貯めたんだろう大枚叩いて、直接野郎のところへ乗り込もうって話だったんだよ。喧嘩になっても、お嬢は意外にも腕が立つし頭もよく回る。町に入るのは難しくないからってな」
なのに、その計画は頓挫した。というのも、話を聞きつけて来た奇妙な男が採掘の権利を欲しがったからだ。
「なんつったかなあ。今はお嬢としか会わないんで俺たちもよく知らないんだけど、身なりのしっかりした、いわゆる金持ちって感じの奴だったよ」
男の話にソフィアは目を細める。
「ちょっと聞きたいんだけれど、そのひとは細身の男じゃなかった? 饒舌ですごく遠まわしな嫌味っぽい感じの……名前はハンデッド・アンダー・フォン・ハストン」
男は「ああ、そうそう! そんな感じの名前だ!」と思い出して手をぽんと叩く。オルガに取引を持ち掛け、自分の言うとおりにすれば波風を立てずに採掘の権利をルーカスから奪い取れると懇々語っていた、と。
「……そう、貴重な話をどうもありがとう」