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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第三部 スケアクロウズと恋する女盗賊
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第7話「大失敗」

 用が済んだ後は、ルーカスが用意した朝食のサンドイッチを持って馬車でまたアジトを探しに向かう。ぬっと顔を出した曇り空にあまり明るい気分にはなれないまま町を出て、地図を頼りにすこし離れた採掘地へやってくる。


 炭鉱とは違ってむき出しの岩壁に囲まれたような場所だが、ここでしか取れない原石があるという理由で利用されていた──のだが、それほど長くは続かなかった。天候に左右されやすく、町からやってくる人々や、移動に利用される馬たちの疲労が重なったのが原因で、今も採掘の価値はあるが『ひとまず近場の採掘地に集中させよう』と話し合い、現時点ではだれも足を運んでいなかった。


 しかし広さはあり、見通しが良いので人の出入りは分かりやすい。道の幅もあるので憲兵隊などが押し寄せてきたとしても全員が捕まるようなことはないだろう。可能性は否定できないとソフィアたちはまた近くに馬車を置き、歩いて確かめに行く。


「なんか雨が降りそうだね。本格的にならなきゃいいけど」

「町まで遠いものね。シトリンさんみたいにすぐ移動できたらいいのに」

「アハハ! アタシたちには無理そうだなあ、それ」

「……しっ、誰かいるみたいよ。ちょっとこっちに来て」


 リズベットの手を引いて、岩陰に隠れる。


「いいかしら。ちょっとお互いのすがたが見えなくなるけど、絶対に手を放さないでね。誰かがこっちに来るみたいだから通り過ぎるのを待ちましょう」


「ん、わかった。もしかしたら強盗団かもしれないしね」


 ソフィアがぱちんと指を鳴らせば小さく紫煙がふわっと舞って、彼女たちのすがたを透明に隠す。物音を聞いて「誰かいるのか?」と歩いてきたのは、やはり町の人間ではない見慣れない──ややみすぼらしい恰好をした──男たち数人だった。


「……誰もいねえぞ。なんかの勘違いじゃねえか?」

「石が転がったのかね。過敏になりすぎてんのかもな」

「仕方ないだろ。いつ憲兵隊が来てもおかしくねえしよ」

「巡回もここいらでいいか。戻ろうぜ、腹減っちまった」


 数はハッキリとしなかったが、四、五人はいる。息をひそめて、ジッと身動きひとつせず彼らが立ち去るのを待つ。どうやらアジトは見つかった。彼らは極力、自分たちの安全を確保できる場所に集まっていたのだ。


「にしてもよォ。いつまでこんなことするんだ?」

「さあな。お嬢が連れて来たあの貴族様が帰るまでだろ」

「……なんだかなァ。上手く行くのかね、本当に」


 なかなか立ち去ろうとしない彼らの言葉にふたりは貴族という言葉が引っ掛かってピクッと反応する。と、同時にリズベットが足下の石を踏んで音を立ててしまう。


「ん? 今、そこに何かいなかったか?」

「まさか。どれ、ちょっと確かめてみるか」


 ひとりが近寄ってくる。鼓動がはやくなった。いくら自分たちのすがたが相手から確認できないとしても、存在そのものが一時的に消えるわけではない。ましてやソフィアが使っているのは『相手の意識から消えている』にすぎず、もし触れられでもして相手が不自然だと感じれば、魔法は勝手に解けることになる。


 出来ることならバレないようにと祈るしかなく、残念ながら彼女たちの祈りは届かない。ひとりの男が石ころを蹴飛ばして何かいないかを確かめようとしたところ、それはリズベットの足に命中して跳ねた石に驚き、彼らの視界には突然ふたりが現れたように見えた。これまでで一番の失敗だ。


「な、なんだこいつら……! いったいどこから!?」

「おい、動くなよ。お前ら何者だ?」


 冷静なひとりの男が詰め寄り、彼らは落ち着きをすぐ取り戻して腰に提げていた手斧や短剣を手にして彼女たちをけん制する。


「……どうする、ソフィア?」


 小声で尋ねられ、ソフィアはすこしだけ考えた。


(ここで倒すことは簡単だけれど、強盗団もそれなりに統率が取れてるみたいね。もしここで何か問題が起きれば、奥にいるひとたちはきっと陽が沈まないうちに場所を変えてしまうか、もっと慎重になる。相手が私たちを殺す気ならともかく……)


 憲兵隊に頼らずとも一網打尽にする方法が彼女にはある。リズベットが多少の危険に晒される可能性もゼロではないが、現状から考えれば最善だ。いくらソフィアが荊の腕輪を使っても、相手にできるのにはかならず限界が来るだろう。魔力が枯渇すれば自分でさえ命の危険に陥ることは間違いない。


 ましてや逃げ出されでもしたら、報復にロッチャへ襲撃を掛けることも考えられる。そうなれば今度こそ住民の誰かが命を落としてもおかしくないだろう。


 ひとまずの策として彼女は両手をあげて降伏を示した。


「あなたたちに敵意はないわ。ただの旅行者なの」

「ただの旅行者に俺たちが気付かなかったとでも?」

「そういうこともあるんじゃない。で、私たちを殺すのかしら」


 男たちはふたりをじっくり見て顔を見合わせてから「ついてこい、俺たちだけで判断することじゃない」そう言って念のため持っていた紐で後ろ手に縛ってから、取り囲んでゆっくり歩かせる。


 しばらく歩かされて採掘地まで来れば、そこにはいくつものテントで小さな集落が形成されていた。彼女たちが連れていかれたのは、なかでもひときわ大きなテントだ。


「お嬢、相談が。旅行者だって連中を捕らえたんですが……」


 テントのなかに置かれたぼろぼろのソファのうえでぐっすり眠っていた長い黒髪の女性が葡萄色の瞳にソフィアたちを映して、眠たそうにする。


「ああン……? なんで連れてきちまったんだよ、ったくよォ」


 おもむろに起き上がり、頭をがりがりと掻きながら跳ねた寝ぐせを指先で弾いて心底どうでもよさげにふたりを一瞥して、大きなため息をもらす。


「どっから来た、名前は──と、先に名乗るべきか。礼儀(マナー)だもんな」


 ソファにどかりと座りなおしてニヤッと笑う。


「オレ様はオルガ・クレリコ。あんたらの名前を聞かせてくれ」

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