第6話「厄介払い」
その計画は翌日すぐに実行へ移されることになった。本来ルーカスにとって招かれざる客であるハンデッドが急に呼び出されれば応じないはずがなく、彼は軽快な足取りでやってくると「商談をして頂けると遣いの者からお伺いして」ニヤニヤした表情を浮かべながら家のなかへ堂々と──まるで自宅でもあるかのような態度で──入り、なにを促されることもなく二階の応接室へ向かう。
もともとハンデッド・アンダー・フォン・ハストンは地位や名誉、それから財産に目がなく、裏の顔がよく利くとうわさされている。ルーカスが嫌うのはそこだ。彼はそのどれにも興味がなく生きていくうえで努力を積み重ねて周囲から認められれば自然とついてくるから、わざわざ自分から追いかける理由もないと考えていた。
ただひとりの生活よりは住民たちとの暮らしを大切にして、最後までより良い幸せな時間を過ごす。そのために彼は働くのだ。だからどうしてもハンデッドの言っている意味は理解できても納得はできず商談に応じる気は今もさらさらない。
「さあさ、話を進めましょう。採掘権はもちろん言い値で──」
ハンデッドが訝るような視線を向けたのは、応接室の扉を開けた先。ソファで寛いでいるソフィアたちを見てのことだった。
「おや。これは昨日はどうも……なぜおふたりが?」
「おはよう、ハンデッド。私も採掘権の売買に興味が湧いたのよ」
ニヤッとして返され、彼は動揺した。しかし気を取り直して服の襟を正しながら、こほんとひとつ咳払いをして冷静になり、空いている椅子に腰かける。
「そうでらっしゃいましたか。やはり聡明な方は違いますな」
「ええ。それで、あなたはどうして呼び出されたのかしら」
「……? もちろん私も採掘権の売買で──」
話を遮るようにルーカスが「ゴホンッ」と大きく咳をする。視線が集まると、真剣な目つきで彼はハンデッドを見つめて。
「今日は来ていただきありがとうございました、ハストン卿。採掘の権利書の話になるんですが、かねてよりあなたからご相談を受けていた件、改めてお断りをさせてもらおうと思って呼び出したのです。理由はお分かりですよね?」
何を言われんとしているか、ハンデッドは取り繕った笑顔をひくつかせて「すみません、見当がつかないのですが、お聞かせ願ってもよろしいですか」と震えた声をする。信じたくないのだとしても現実は変わらない。ルーカスは彼へトドメを刺すかのようなハッキリとした言葉で言い放った。
「採掘の権利はソフィア様に売却することにいたしました」
ハンデッドの額に冷や汗が滲む。
「ど、どうしてです? いったいどれだけ積んだのですか?」
「額の問題じゃないわ、ハンデッド」
「ですがおかしいでしょう、今日まで私がどれだけ話をしても……!」
テーブルの上に硬貨が二枚、静かに置かれる。ソフィアが用意したのはたったそれだけだ。ハンデッドは理解できずに首を傾げる。
「……なんです、この金貨は?」
「私が採掘の権利を手に入れるのに提案した額よ」
「ハッ。レディはジョークがお上手のようだ」
彼にしてみれば自分が用意してきた額に比べて、たった二枚の金貨などはした金にしか思えないことだろう。しかし割って入ったルーカスが「たしかに、その金額で譲渡いたしました。紛れもなく」と答えたことで表情は一変する。
憤慨した様子で机をばんっと叩いて彼は怒鳴った。
「ふざけないで頂きたい! この程度の金額で取引をするだと!? この採掘地にどれほどの価値があるかをご存知でないのか! そもそも私が用意したのは──」
「アタシたちはロッチャの町に暮らす人々の雇用も約束したんだよ」
ロッチャで暮らす人々にとって採掘はこれまで、そしてこれからも支えになる仕事だ。決して重労働に見合った対価かと言われればそれほどでもないが、まともな生活を送れるようルーカスが主軸となって支援も行われている。
ハンデッドがもし採掘の権利を獲得したのなら、そういった収入に繋がらないものは次々と切り捨てていくのは間違いない。そうなればロッチャで暮らしている人々は途端に路頭に迷うことになるだろう。彼らよりも低コストで雇える人材の確保など、彼の人脈から言えば難しい話ではないからだ。
「そんなことで? 言って下されば私とて応じましたとも!」
「もう決まったことです。話は終わりましたよ。……お引き取りを」
「くっ……! そうですか。ここまで虚仮にされたのは初めてだ」
拳を握り締めて震えながら、彼は部屋を出て行こうとする。去り際にルーカスの傍で「かならず後悔するぞ、売っておけば良かったとね」と捨て台詞を残した。
静かになった部屋で、ホッとひと息。厄介払いができてひとつの問題が消え去ったと喜んだ。
「ハストン卿も傲慢なひとだ。目先の利益ばかり追い掛けて、僕たちのことなんか考えてもいやしない。しかしこれで彼も王都へ帰らざるを得ないはずです」
「お役に立てたのなら良かったわ。あとは強盗団だけね」
「ええ。ありがとうございます、助かりました」
もう煩わしいことに構わずに済む。そうなるとルーカスも自警団のひとりとして町の警備に加われる、と意欲がふつふつと湧いてきた。もう彼が何かに気をやって疲れた顔をすることもないとわかれば、ソフィアたちも仕事に専念できるというものだ。
「じゃあ、アタシたちは次のポイント探しにいこっか」
「そうしましょ。今度はアジトが見つかるといいわね」