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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第三部 スケアクロウズと恋する女盗賊
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第5話「苦悩の種」

「それでしたら、ちょうどまだ営業を続けている酒場があります」


 既にロッチャではいくつもの店が閉まったままになっている。強盗団が現れて数カ月、営業もままならず隙を見てほかの町に稼ぎに出ていくしかない。それでもなんとか故郷でやっていきたいと思う人間はいるもので、肉体労働の疲れを癒したいという理由から周囲が支援するのもあり、いくつかの店は運よく生き残っていた。


「自警団の皆様もごいっしょにどうかしら?」


 突然の誘いに動揺するも誰かの腹がぐう、と鳴った。青年が恥ずかしそうに俯いて頭を掻くのを見て、どっと笑いが起きたのをみればまだまだ元気はありそうだとソフィアも「ほら、ぐずぐずしてないで行きましょ!」景気よく誘う。


「大勢で食べるごはんって美味しいからね~」

「ええ、本当に。楽しい夜にしなくちゃ」


 ルーカスの案内を受けて町でいちばん大きな酒場へ。閑古鳥が鳴いているのは時間のせいだけではないだろう。しかし今夜に限っては嵐でも置きそうな勢いをもっての来客だ。拭いて片付けようとしていた食器を落としそうになるほど主人は驚いていた。


「い、いらっしゃい……。ルーカスくん、これは」

「叔父さん、話していた魔女代理の方たちだよ」

「ああ! そちらの女性たちが。大勢なのはなぜだい?」

「自警団の皆さんを労ってくれると。僕も手伝うよ」

「いや、構わんさ。ほかにも手伝ってくれるひとはいるからね」


 叔父と呼ばれた店の主人が親指でさしたのは彼の妻と娘だ。家族三人で切り盛りしていて、見ればとても仲が良いのが分かる。


「あなた方がルーカスの依頼を受けてくれた魔女代理の方々ですね。私はルーカスの叔父でブランドンと言います。ごゆっくりしていってください」


「はじめまして、私はソフィアよ。こっちはリズベット」

「よろしく、おじさん。今日はいっぱい頼んじゃうからね」


 酒も料理も際限なく注文が飛び交い、酒場はあっという間に忙しくなった。


 大賑わいのなかソフィアとリズベットはカウンター席に座り、ルーカスを傍にして温かい料理に舌鼓を打ちながら静かに報告を始める。まだ収穫は少ないものの痕跡があった事実を伝えると、彼は腕を組んで眉尻を下げた。


「そうですか、ひとのいた痕跡が……」

「ええ。それでいくつか聞きたいこともあるんだけれど」


 コップ一杯の水を飲んで口を潤す。


「強盗団はどのくらいの頻度で現れているの?」

「週に一回から二回は必ず顔を出します」

「そう。じゃあ今週はもう来たのかしら」

「はい……。あなた方が来る二日前に」


 要求は変わらず水と食糧だった。箱や麻袋、瓶などに詰めて持ち運ばれて行くという。強盗団の正確な人数は分からないが、少なくとも二十人以上はいるのを自警団の面々が確認しているので規模はなかなかのものになるのだろう。


「本当に厄介な連中でして。こちらも目を盗んで仕入れなどのスケジュールも組んでいたんですが、どこかから情報が洩れているのか戻って来たタイミングでかならず現れるんです。夜には門を完全に閉じているし、ひとりで開けられるものではないのでロッチャの誰かが裏切ったりは絶対にありえないはずなのに」


 ロッチャの住民が安全に暮らせるためにと各地からの支援を受けて創り上げた巨大な木製の門は、自警団の屈強な男たちが十人ほどいてやっと開く規模だ。そのうえ最低限の武装もしているため侵入は容易ではなく、また逆もしかりだ。理由なく町のそとへ出るのが現状では自殺行為にも等しい以上、不審な行動を取るものはいない。


「じゃあさ、ほかの誰かの可能性はないかな」

「ほかの誰か……ですか?」

「そうそう。たとえば町に滞在してるひとたちとか」

「たしかにいくらかはいますが、滞在期間は短いものです」


 容疑者として見るべき人間などいないだろうというのがルーカスの見解だ。では焚火は誰のものだったのか? 強盗団の誰かがたまさか(・・・・)使われていない炭鉱で夜を過ごすだけの理由があったのか? 三人とも考えがまとまらず話は停滞した。


「そういえばルーカス。ハンデッドはいったい何をしに来てたの?」

「ああ、ハストン卿のことですか」


 ソフィアに尋ねられた途端、彼は苦い顔をする。


「かなり前から頻繁にロッチャへ来ては、採掘権を譲ってはくれないかと僕のところへ交渉に訪れるんです。……ずっと断ってるのに、とにかく執念深いというか」


 彼は苛立ちを紛らわせるように酒をあおった。


「もともとプラキドゥム山脈の採掘権は父が先代の女王から譲り受けたものでして、二十年以上の採掘を続けた今でも資源は有り余ってるくらいだ。おそらくハストン卿は、この山脈全域から得られる将来的な利益を求めているんだと思います」


 もう半年以上も前から押しかけてきては毎度のごとく『互いにとって悪い話じゃない』と言っては採掘権の売却を促してくるハストン卿に、ルーカスはかなりうんざりさせられていた。多くの金貨を袋に詰めて持ってこられたときもある、とため息が出る。


「採掘権が僕だけの問題なら売却も考えました。でも、この山脈の採掘権は〝ロッチャを故郷にして働くひとたち〟のためにある。きっとハストン卿が権利を持てば町に住む彼らを頼らず、もっと安い賃金で雇用を始めるでしょう。……それだけは避けたいんです」


 たった千人にも満たない規模の小さい町だとしても、ルーカスにとってはかけがえのない場所であり、そこに暮らす人々が汗水を流しながら毎日を大切に生きていることを知っている。故郷と呼んでくれる住民たちのために出来ることは、居場所を与え守り続けることにあるはずだと彼は誇るように言ってみせた。


「……なんて、ちょっと図々しいですかね」

「まさか。とても大切な考え方だと思うわ、ルーカス」


 口にするだけでなく、実際にやってみせようとしているのだ。その志は誰でも簡単に貫けるものではない立派なものだとソフィアは称えて、出された野菜のスープをひと口飲んで温まってから「じゃあひとつだけサービスをしましょうか」と言った。


「サービス、ですか? いったいなんの……」

「困ってるんでしょう、ハストン卿のこと」


 ニヤリとして彼女はそっと胸を張りながら。


「私にとても良い考えがあるのだけれど、乗ってみないかしら」

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