第2話「強盗団について」
藁にも縋る思いだった。数カ月前、初めて強盗団が現れてから雇った傭兵は金銭の要求がひどく、自警団では物足りない。離れた町から兵士を借りたものの強盗団は彼らよりも腕が立つので、これ以上の対立は死者が出るかもしれないと断られてしまった。
それから必死に行方を探し、ようやくうわさ程度だが耳にすることのできた魔女の居場所に手紙を送ってみると『今は手が空いていない。代理の者を寄越す』と返事が来て、この機会を絶対に逃すまいと彼は強く決心し、ふたりの前に布袋を出す。
「金貨が十枚。銀貨もたっぷり詰まっています」
ここで彼女たちが仕事を請けてくれなければ、この先で何が起きるか不安で仕方がなかった。見目に若い女性ふたりといっても魔女の遣いであるなら、だれを雇うよりも安心して任せられるはずだと信用していた。
しかしソフィアは首を横に振って突っぱねる。
「要らないわ。そんなものが欲しいから来たんじゃないの」
「あっ……えっと、では何をご用意すればよろしいですか?」
となりで黙って聞いていたリズベットが、彼の困惑するすがたを見てプッと小さく笑う。
「そうじゃないよ、お兄さん。アタシたちはいわば旅行者だから、必要なのは泊まれる宿と滞在中の温かい食事があればいいんだ。……で、よかったらこの家で余ってる部屋とかあれば借りたいんだけど大丈夫かな?」
ふたりの気さくさに救われたと感じて、先ほどまで暗い顔をしていた彼も満面の笑みを浮かべて「もちろんです!」声を大きくして言った。
「良かったわ。じゃあ詳しく聞かせて、強盗団のこと」
「わかりました。……彼らが現れたのは数カ月前です」
ロッチャはそれまで住民同士の多少の言い争いがある程度で平和なものだった。しかし突然、ひとりの行商人が『助けてほしい』とやってきたことで状況は一変する。
善意から助けようと門を開いた直後、後を尾けていた強盗団の数名が入り込んで住民を人質に取り、水と食糧を要求してきたのだ。そのとき仕方なく渡してからというもの、彼らは町に近いどこかにアジトを作ったのか頻繁に現れるようになってしまった。
そのうえ町へやってくる商人や旅行者などからも強奪を繰り返し、石炭の輸出もままならない状況が続いている。そしてときどき門前で屯しては、同じように水と食糧を得るまで動かないのだ。仕方なく与えはしているが、もう限界だとルーカスは頭を抱えた。
「僕だけが苦しい思いをするのなら構わない。だけど、この町では大勢のひとたちが暮らしている。採掘だってはっきりいって二束三文だ。なのに生活になくてはならないものをこのまま渡し続けていたら、いつかみんな飢えてしまう」
苦い顔をして顔を手で覆ってしまう。苦境に立たされ数カ月。ようやくすこしは希望が見えてきたといったところで、まだまだ心配は拭いきれないでいる。
「アジトの場所に目星はついてるかしら」
「はい、いくつかのポイントに絞ってあります」
あらかじめ用意しておいた地図を広げて、ルーカスは指をさす。
「プラキドゥム山脈は知っての通り採掘地としても有名な、とても広い山岳地帯でもあります。ロッチャは働く人々の拠点と言ったところでしょうか。おかげで他と比べれば長くは持ちますがどこも二年ほどで寿命を迎えますから、今は使われていない炭鉱もいくつか。おそらく強盗団は、そのいずれかを塒にしているのでしょう」
目星はついているが実際に足を運ぶことは出来なかった。今のところ誰も犠牲者は出ていないとはいえ相手が強盗団である以上、リスクを冒して接触するのは避けていた。その危険性から誰も雇えないなか、彼の頼みの綱はいまや彼女たちだけだ。
「ねえねえ。廃鉱になった場所はたくさんあるみたいだけど、目星がついてるのが数か所だけなのは何か理由があるの?」
「完全に封鎖されていたり、落盤の危険がある場所は除いたんです」
誰も寄り付かない鉱山は、ただ入るだけで命を落とす危険もある。とくに長年放置されているものは拠点として不十分だ。ルーカスはそういった場所を除外することでピンポイントに調査が進められるようにと魔女代理の来訪に備えていた。
「僕たちができることはあまりに少ないですから。どうかよろしくお願いします、この町がまた普通に暮らせるようにして頂きたいのです」
「ええ、これだけしてくれていればじゅうぶんよ」
まだ陽は昇っている。ソフィアたちはソファから立ち上がった。
「さっそく行くわ。町の様子も聞きながらね」
「陽が落ちる頃までには戻って来るよ。お部屋よろしく!」