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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第三部 スケアクロウズと恋する女盗賊
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第1話「調査依頼」

 天候は旅行にちょうどいい日和だ。ひとつ難点があるとしたら、旅をする者たちにとってひどい悪路であることくらいだろう。舗装もなく、ただ岩肌を削り取ったようなガタついた道を走る馬車は揺れが大きく、馬も車輪も疲れ切っている。


 ソフィアとリズベットが向かおうとしているのは山岳地帯に囲まれた小さな町ロッチャ。鉱山で手に入る貴重な原石を加工したり、採掘した石炭をほかの町へ輸出するのが主な町の収入源となっていた。──のだが、ここ最近ではあまり良いうわさを聞かない。荷台で新聞を広げたソフィアが目を細めた。


「──〝プラキドゥム山脈に強盗団出没か〟ですって。物騒な話ね」


 各地には普通の生活を送ろうとせず、他人からモノを奪うばかりの盗賊と呼ばれる者たちが存在する。そして今、ソフィアたちがいる場所──通称プラキドゥム山脈に、ここ数カ月のあいだ強盗団がときおり出没しているという。


「ハハ、他人事じゃないなあ。アタシたちも狙われたりして」

「笑えない冗談ね。またナイフで刺されるなんて遠慮したいわ」


 数カ月前、王都ラルティエではコールドマン伯爵家との諍いがあり、初めて刃物で刺されるといった経験をしたソフィアは苦笑いを浮かべて顔を青ざめさせた。


 強盗団がおもに狙うのは外部からやってくる行商人や、それなりに高そうな身なりをした相手──とはいえ、不思議と彼らが貴族を狙う傾向にはないらしいと記事にはあったが、リズベットが購入した幌馬車は見ればそこそこの値打ちだと分かるのでじゅうぶん襲撃を受けてもおかしくない。


 そのうえ馬にも無理をさせられない悪路はゆっくりと進むしかない。引き返すのもひと苦労だ。もし襲われれば普通はひとたまりもないだろう。ただ今日に限っては運が良かったのか、彼女たちが強盗団に遭遇することはなかった。


「あ、ほら。話してるうちに着いたよ、あれがロッチャだ」


 岩壁に囲まれた小さな町。幅広の道が一本繋がって、大きな丸太で作った門の前にあるふたつの高台に自警団らしい男が数人、入り口を見張っていた。


「すみません。アタシたち、魔女様の代理で町長さんに会いにきたんですけど!」


 自警団のひとりが彼女たちに大きく手を振った。


「話は聞いてるよ、ちょっと待ちな。すぐ開けてやるから!」


 数人がかりで開ける門の重たさは、外部からの侵入を防ぐためだ。彼女たちを迎えいれてから、すぐに閉じられた。


「あんたたちが魔女様の代理っちゅう方々だね?」


 さきほどの男が首に巻いたタオルで汗を拭く。


「悪いねえ、このあたりはなにかと物騒だから」

「新聞を見たわ。強盗団が出ているとか」


 荷台から御者台に移り、ソフィアがリズベットの横に座った。

 男は眉を下げて頭をがりがり掻きながら何度か頷く。


「ああ、困ったもんさ。昔から一本しか道がねえから門を置いて検問やってんだけどよ、最近になって強盗団が出るようになってみんなピリついてんだよ。町長さんの家はまっすぐ行けばいい。大きい建物が見えんだろ?」


 指をさした先には三階建ての大きな家がある。


「あれが町長さんの家なのね。ありがとう、助かるわ」

「案内してやれなくて悪いな。みんな忙しくて」

「いいえ、気にしないで。また会いましょ、おじさま」


 小さく手を振って挨拶をしたら、リズベットが馬車を走らせる。町長の家を目指すあいだ、目に映る町の景色は陰鬱とした雰囲気があった。


「なんだか働いているひとたちの顔が暗いわね」

「強盗団の影響が大きいのかなあ……」


 ふたりが町長の家の前で馬車を停めると、ひとりの男が「魔女様の代理ですか?」と声をかけた。見るからに若く、寝ぐせのように跳ねた髪が特徴的だ。


「はい。アタシたち、町長に会いに来たんです」

「それなら良かった。まずはご挨拶を」


 男は胸に手を当てて小さくお辞儀をした。


「僕がロッチャで町長を務めております、ルーカス・クレリコです」


 まだ二十代に見えるルーカス・クレリコを名乗った男は、彼女たちに優し気な笑みを浮かべたあと「こちらへどうぞ、なかでお話をいたしましょう」と、案内する。


「もう町の様子はごらんになられましたか?」


 家のなかへ招き入れ、外の景色を窓から眺めて肩を落とす。


「数カ月前から突然現れ始めた強盗団のせいで、町の活気は見てのとおりひどいものです。もともと観光地でもないですから、みんな困り果てていて」


 ルーカスは早くに亡くなった父親の代わりに、住民たちからの強い意向もあって町長──本人は代理を自称している──を務めはしているが、自分には重責が過ぎると彼の表情はとても暗い。


「……っと、玄関先でするような話ではありませんでしたね。失礼いたしました、すぐに応接室へ案内します」


 大事な話で客人を立たせてしまったことを申し訳なさそうにしながら彼女たちを二階に連れていく。素朴な家具の揃った一室で、ルーカスはようやく腰を落ち着ける。ひと息つくのも束の間、さっそくルーカスは本題に移った。


「それで、ですね。今回魔女様にご依頼させて頂いた件なんですが」


 すう、と大きく息を吸い込んでから。


「強盗団のアジトを調査して頂きたいんです」

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