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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第二部 スケアクロウズと冷たい伯爵
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第54話「仲睦まじきふたりへ」

────二か月後。小さな森のなかで木漏れ日を浴びながら新聞を読む。見開きには『令嬢殺害事件、犯人は自殺か』と書かれている。


「コーヒーお待ちどう。何か面白いニュースはあったかい」


 カップを手にテーブルへ置き、対面に座ったリズベットが興味津々にする。


「いいえ、なにも。それより頂いたケーキは?」

「あ。えへへ、忘れてた。いくつか種類があったよ」


 すぐに持ってくる、とリズベットはログハウスへ急ぐ。待っているあいだ、ソフィアは再び新聞記事に目を滑らせた。


 貴族令嬢殺害事件。私利私欲に塗れた近衛隊長の裏の顔。クレイグ・オルディールと複数の部下による陰湿で凄惨な行い。被害者はコールドマン家の令嬢エイリン・コールドマンで、事件の詳細が一年越しに語られヴェルディブルグ全土を騒がした大事件となっていた。すべてを明らかにしたのが誰とは語られずに済んでいるのはひとえにアニエスのおかげと言っていいだろう。


 一ヶ月が経った今でも、各地では持ちきりの話題だ。自分たちが関わっているせいか、その話を振られるたびに適当な受け答えをして知らないふりをするのに疲れてしまい、今はミリアムウッドにあるローズの別荘を借りて休んでいる。


「〝犯人であるクレイグ・オルディールは自殺〟……ね」


 裁判があった日の夜遅く、クレイグは地下牢から脱け出していた。部下共々行方不明となり、どうやって牢の鍵を外したのかも分からないまま大規模な捜索が始まったが二週間ものあいだ足取りがつかめず、あるとき河川で見つかった遺体からクレイグ・オルディールが死亡していると判明。彼の手には紐で縛られた小さな木箱があり、なかには遺書が入っていたという。


『我が罪は償いきれるものではありません。せめて悪人としてただ裁かれるのではなく、仲間共々みずから生涯を閉じると決断いたしました』などと書かれており、彼に従った者たちの遺体は貧民区の空き家から腐敗した状態で全員が見つかった。


 そこまで読んで彼女は新聞を放り出す。


「まあ、少なくとも同情の余地はないわね。でしょう、シトリンさん」

「私がいることに気付いてらしたんですね。すっかり慣れましたか」

「あなたの気配がなんとなくわかるのは契約の影響かしら」

「たぶん違いますね。ローズ様との本契約とはすこし違いますから」

「……本契約? 私と交わしたものとの違いが?」

「ええ。主従関係であることに間違いはないんですけど」


 ひらっと手に持った羊皮紙と羽ペンをみせてシトリンは嬉々とする。


「完全な契約を結ぶには互いの魂を繋ぐ真の名が必要になります。たとえばソフィア様は『ソフィア・スケアクロウズ』と名乗られていますが、本来の契約で頂くサインには『ソフィア・トリシュ・フォン・スケアクロウズ』と記載しなくてはなりません」


 もし本契約を交わせばどうなるのかといえば、指輪がなくとも互いに意思疎通が可能ですばやく駆け付けることも出来るなど〝多少は便利〟程度だ。そしてなによりも重要となるのがシトリンの〝絶対服従〟である。


「私はローズ様とだけ本契約を交わしていますから、ほかの方々の命令があってもローズ様が〝必要ない〟とひと声発せば、私は従う必要がなくなるのです。あとソフィア様のような契約形態では私に一定の拒否権もあります。興味湧きましたか?」


 尋ねられて彼女は首を横に振った。


「全然。私の願いは、私自身で叶えるべきものだから」

「……へえ、なるほど。それは素晴らしいことですね」


 ケーキを運んでくるリズベットを横目にちらと見る。ソフィアの願いがなんなのか、わざわざ聞く必要もない。


「あ、シトリンさん。来てたんだね、ケーキ食べる?」

「いえ、今日は遠慮しておきます。ほかに用がありますので」

「そっかあ。魔女様は今、どのあたりを旅してるの?」

「今は列車に乗ってホーズニッグという町に向かってます」


 ホーズニッグは隣国リベルモントとの国境沿いにある豊かな町だ。穏やかで自然的な、花々を愛する町として知られている。またヴェルディブルグ領内ではめずらしく数の少ない大きな劇場が建っていて、訪れる人々の多さは随一だ。


「いいなあ。アタシも久しぶりに行きたいかも、ホーズニッグ」

「それなら次の目的地は決まりね。私も行ってみたいわ」


 ふたりが笑い合って話しているすがたを見て、シトリンはどうして自分が足を運んだのかを思い出して「あ、忘れてました」ぽんと手を叩く。


「バーナム卿の御子息から、おふたり宛にとても貴重なペンを頂いたからと、礼の品を届けるよう頼まれていたんです。……えーっと、はい、これですね」


 紫煙がふわっと舞って彼女が手に持ったのは大きな額だ。


「絵を描いたらしいですよ。なんでもいちど見たものは記憶だけを頼りになんでも描けるんだとか。素晴らしい才能をお持ちですね、彼は」


 見せられた絵に、ふたりは顔を見合わせる。描かれていたのはソフィアとリズベットが仲良く手を繋いで歩いているすがたで、町を出る直前に見かけたのを『絵に描いて贈りたい』と思い立ったらしい。


「本当に素敵な絵ね。リズもそう思うでしょ?」

「うん、すごく。大事にしないとね!」

「ではソフィア様、お届けはしたので、あとはご自由に」


 手渡されたソフィアが魔力を込めてさらっと触れれば、大きな額ごと紫煙に包まれてどこかへ消える。


「ありがとう。飾る場所はないけれど、これでいつでも好きな時に取り出して見られるから大丈夫ね。わざわざ届けてもらってごめんなさい」


「お気になさらず。……さて、では私はそろそろ失礼いたします」


 いつまでも主人の傍を離れているわけにもいかないから、とシトリンはゆっくり支援に包まれ、そのすがたを足下から消していく。最後に彼女はフッと笑って、リズベットを見つめながら「大事なものが見つかったようでなによりです」と言った。


 彼女はポッと頬を紅くして。


「うん、おかげさまで。もう自分から手を放したりしないよ」

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