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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第二部 スケアクロウズと冷たい伯爵
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第52話「これからは」

 深く、深く頭を下げた。かつての自身がどれほどリズベットの願いも聞き入れず冷たくあしらってきたか。エイリンとの愛し方への差には気付いていて、だからこそ『次は失敗しないように』と考えてきた。その矢先、飛び込んできた訃報が今日まで彼女を苦しめた。エイリンは自分たちのせいで死んでしまった。また同じことを、いや、それ以上の罪悪を重ねてしまった。そう思い込んでいた。


 次第に物覚えも悪くなり、毎日なんのために生きているかも分からない。文字のひとつ読み書きできないほど憔悴していたなかで、イレーナが言った。


『エイリンは殺されたんだ、あなたたちのせいじゃなかったんだよ』


 彼女の世界はまだ色褪せている。だが前は向けるようになった。どういう意味か最初は分からず、その話をアゼルとソフィアたちがしていると聞いていても立ってもいられず、扉を開ける勇気もないまま話を聞いてるうちにすべてを理解した。


「私はずっとヴィンヤードの血統が紡がれていくことがなによりの誉れだと信じていたわ。でも、そうじゃなかった。娘たちの幸せひとつ願えずに自分のわがままばかりを言って、ずっと道具として見ていた。……情けない話よね、お腹を痛めて産んだ自分の子をそんなふうに思っていたなんて。誰も褒めてくれるわけがない」


 我が子の墓を振り返り、申し訳ない顔をする。


「いまさら取り返しのつくことじゃない。だからせめて、今生きているあなたたちの願いを大切にさせてほしいの。もしエイリンがなにかひとつを望むのだとしたら、リズベットがこれから先もあの子の憧れであり続け、自由でいてくれることのはず」


 せめてもの贖罪。コールドマン家も変わる機会だ。家門に縛られず、ただ人々に忘れられない者たちとして生きるほうが、血筋を守ることよりもよほど大切だと考え直して。


「わかりましたわ、夫人。それは私の望みでもありますから」


 またリズベットと旅ができると思うと嬉しかった。また孤独に嘆くことになるのかと思い過ごした夜は、どれほど胸が苦しかっただろうか。隣に立つ最愛の女性の手を握って「絶対に嫌な想いなんかさせません」と力強く答える。


 レヴァリーは聞いて、くすっと笑い声をもらす。


「それじゃあまるで婚約者の言葉だわ、ソフィアさん」

「それほど愛しているということです。パートナーとして」


 包み隠すつもりはない。自分が誰よりも大切にしたいと思っていることを告げれば、レヴァリーもきょとんとしたが「そう、ならお願いね」と優しく返す。


「それで、リズベット。あなたにも言うべきことが」

「アタシにも? うん、聞かせて」


 今度はリズベットに向けて彼女は頭を下げた。


「今までごめんなさい。あなたにも辛い思いをさせてしまったわ。偉そうにあなたの想いを耳にも入れようとせず、あまつさえ今回のことでまたひとつ……私たちは何も変われていなかった。どうか愚かな私たちを許してちょうだい」


 自分の娘にどれだけの苦労を掛ければ気が済むのかと自省し、彼女のこれからを祈るように謝罪を口にする。リズベットは「気にし過ぎだよ」と、過去があるからこそソフィアにも出会えて「今はじゅうぶんすぎるほど幸せ」だと言った。


「ね、母さん。アタシ、これからも旅を続ける。それで世界中の色んなものを集めてエイリンに贈るよ。……喜んでくれるよね、きっと」


 もしエイリンが誰かと結婚をしていたら、別荘へ出かけたり、忙しなく他の貴族たちと会うなどでとても王都でのんびり暮らすことはできなかっただろう。ヴェルディブルグでは各地へ出るときは夫婦揃ってがほぼ当たり前だ。勤勉で好奇心旺盛なエイリンなら興味さえ惹かれればなんでも集めたに違いないと容易に想像できる。


「ええ。お願いするわね、リズベット」


 さあっと風が吹く。草が擦れ合い、優しく音を奏でた。


「夫人、戻りましょう。このままだと風邪を引いてしまいます」

「そうね。エイリンも見届けてくれたでしょうから」


 邸内へ戻れば、アゼルとイレーナが待っていた。ふたりとも心配そうな表情だったが、レヴァリーの落ち着いた様子を見てホッとする。


「レヴァリー、本当に構わないんだな」

「もう決めたことよ。自由にしてあげましょう」


 妻を優しく抱きしめる男の瞳には普段の冷たさなど宿っていない、愛する者を見る温かなものだ。


「それでいいなら何も言わない。……聞こえたな、リズベット」


 あとのことを関与する気はなく、レヴァリーが過去よりもずっと穏やかで帰ってきたくれたこと。そして亡くしてしまったエイリンの気持ちを知ることができた以上に何かを望む気はなくなり「ただしひとつだけ約束してくれ」と切り出す。


「たまには手紙を寄越すように。それだけでいい」

「……へへっ、わかった! ありがとう、父さん」

「こちらの言葉だ。エイリンの件ではふたりに迷惑をかけた」


 どれだけ反省しても足りない。ソフィアには怪我をさせたし、リズベットは軟禁状態だった。どう償えばいいのかと俯く彼の気持ちの重さにふたりは顔を見合わせて「これからは誰にも恥じない生き方をしたらいい」と願った。


「コールドマン家は民からの支持も厚いと聞いているわ。これまで通り誰もが信頼するあなたらしく、エイリン令嬢の尊敬する父親像でいて。それが贖罪にもなるはずよ」


 終わりよければすべてよし。ソフィアは満足げな顔をする。


「これからは良い友人でいましょ、アゼル」


 そう言って差し伸べられた手をアゼルは決意のもと握り返した。


「ああ。よろしく頼むよ、ソフィアさん」

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