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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第二部 スケアクロウズと冷たい伯爵
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第50話「真っ黒な真実」

 クレイグはここまで来たらいまさら隠す気もないとばかりに話を始める。事の発端は一年前、ボヤ騒ぎが起きた頃まで遡った。


「……あの頃よりも前からだ、煙草を吸ってたのは。もともと良い地位を得て優雅に暮らすのが夢だった、手段は関係なしにな。腕に自信があったから近衛隊の試験はハッキリ言って簡単だったよ。そこからはえらいもんさ、表向きは善人を演じながら近衛隊長まで上り詰めたんだからな。それでも満足はしなかったが」


 まさに出世欲の塊で、そのためならなんだってした。少なくとも汚れ仕事以外は。トップに昇り詰めないかぎりはとかげの尻尾切りに遭わないよう慎重に生きてきたのだ。仕事もよく出来て周囲からの信頼も厚いクレイグ近衛隊長という人物像が完成したときには、すっかり気を良くして自分好みに近衛隊を変えてやろうと採用試験まで担当した。だれも彼に異議を唱えるものなどいなかった。


 しかし世の中の人間すべてが愚かに見えるほど順調が過ぎたある日のこと。いつの間にか部下たちも自分に忠実な人間で揃え、巡回にでたときはゆっくり煙草を吸う時間も増えていた。だからか油断があったのは事実だ。彼がよく連れ歩いたヤーキスが煙草に火が付いたまま捨ててしまい、火事とまでは言わずともそれなりに騒ぎになったのはいまだに腹立たしいことだと思い返す。


「あれが俺の初めての失敗だった。とはいっても、幸い俺たちがいちど場を離れたあとのことだから誰にも気付かれずに済んだんだが……問題はそのあとだ。ぼや騒ぎの調査を装っていつものように煙草を吸って休んでたら、あの小娘がやってきた」


 はあ、と彼は大きなため息をつく。


「近衛隊は規律に厳しく、それは数代前の女王陛下が改めたものだ。ボヤ騒ぎを起こしたのが俺たちだと知られれば、積み上げて来たものがすべてふいになると思った。ヤーキスの馬鹿のせいで、だ。……そのうえ、あの小娘は意外と目敏く頭も回った」


 顔を覆ってくっくっと笑いだす。


「だから殺してやった。知ってるか、あの路地裏がどこへ繋がってるか? ククッ、魔女さんは大体察しがついてそうだなあ、その顔見てると」


 ソフィアは冷たいまなざしを彼に向けたまま動かさない。


「俺たち近衛隊は新人になってすぐ町の地図を頭のなかに叩き込まされる。毎日のように地図とにらめっこして、朝から晩まで交代で巡回だ。貧民区も例外じゃない。だから騒ぎも起こさず、あのガキを連れ込んで黙らせるにはちょうど良かった」


 当時エイリンは彼が規律を破っただけでなく現場の状況や彼らが吸っていた煙草の銘柄からボヤ騒ぎの犯人であると辿り着き、その場で詰め寄った。これは決して許されていい行いではない、と。彼女を悲劇が襲ったのは、その優しさのせいだ。


「まったく馬鹿だよなあ。アイツ、最後まで説得しようとしてやがった。『私もいっしょに謝るし、あなたとの婚約は解消する気がない』って、お人よしが過ぎる。だがそんなもんはアゼル・コールドマンのひと声があれば簡単に裏返る話だ。決定権が小娘ひとりにあるわけないんだからな。そこで目障りになって殺すことにしたってわけよ」


 彼はバシバシと膝を叩いてけらけら笑う。いっさい悪びれなどせず。


「遺書の代筆はそういう裏の仕事をやってる奴に頼んだのさ。名前もどこに潜伏してるかも分からん、これは本当だ。まったく滑稽だったよ、みんな簡単に騙されるんだから。……お前さえ現れなければ、だったがね」


 ソフィアはにこりと笑って、彼の頬を引っ叩く。


「褒めて頂いてどうもありがとう。もう喋らなくていいわ、黙ってて」


 喋らせる必要がある話はすべて語らせた。意見は一致し、クレイグ・オルディールを筆頭に数名の近衛兵たちの有罪は確定。その処分をどうするかは今後にアニエスと裁判官である大貴族たちで相談ののちに決定されることになる。


 オクタヴィアやリタを襲撃した件についても余罪の追及が行われるだろう。裁判は無事終了し、近衛兵が再び牢へ連行しようとすると、彼は諦めながら吐き捨てるように「遊んでおいてやるべきだったよ、あの女は良いからだをしてた」と嘲った。


 それまで黙って聴いていたリズベットが彼の言葉に席を立って頬を引っ叩いてやろうとするのをシトリンがそっと優しく手で制し、首を横に振って宥めると部屋を出て行く直前にクレイグへ向けてひと言放った。


「牢屋って、夜はすごく寒いらしいですよ」

「……? 何が言いたいんだ、お前は?」

「エイリン令嬢は、もっと寒かったでしょうね」

「ハッ、かもな。牢屋のほうがマシだと思うと嬉しいよ」


 高笑いをあげて去っていくクレイグには誰もが沈黙を守りながら腹を立てた。彼という巨悪を今まで信じていた自分たちの不甲斐なさにも。


「お疲れ様、ソフィア。ありがとね、アタシたちみんなのために」

「やるべきことをしただけよ。全部上手く済んで良かったわ」


 かなりの緊張だったが、勢いに任せたのが良かったのかもしれないと振り返る。イレーナも「私からも礼を言わせてほしい」と深く頭を下げた。


「あなたたちを巻き込んで本当にすまなかった。それと同時に妹の無念を晴らしてくれたことは感謝してもしきれない。……エイリンもきっと見てくれている」


「ふふっ、だといいわね。私も頑張ったつもりだから」


 やるべきことはほとんど終わった。エイリンの無念を晴らし、裁判も無事に済み、残っているのはひとつだけ。


「……じゃあ帰りましょうか。アゼルが首を長くして待ってるわ」

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