第48話「裁判が始まる」
彼女たちが裁判でどう立証するか? と話し合うのに二時間は使っただろうか。ソフィアが書いた人物を特定することは容易だが、立証する際にも魔法を使って実際に誰が書いたのかを示す必要が出てくる。魔法とはローズのものであり代理にすぎない自分が使うことで彼女の価値を下げてしまわないかと不安だった。
聞いていたシトリンは「別に何も思わないですよ。たぶん楽になるな~くらいに考えるかと」鼻で笑ってそう言った。ずっと仕え続けている者が言うのだから事実だろう。それでもすこしは気が引けるというものだが。
「うーん。知っている方たちだけで裁判を行うわけでもないし、この国で裁判官を務めるのは四大貴族……今回の件はコールドマンが関わっているから除くとしても、三家が出席することになるのよね。頼めば黙っててくれるかしら?」
事件そのものは近衛隊の複数人が関わることで公にも隠せる話ではないが、ソフィアが魔女であることは裁判のなかでしか分からない。四大貴族ともなれば、それくらいの秘密は守ってくれそうなものだがと考える。聞いていたシトリンがぷっと小さく噴き出して「すみません、ちょっと可笑しくて」と顔をそむけた。
「なにが可笑しいのよ? 困ってるのに」
「だって絶対隠せませんよ。口止めしてもメイドは」
「……あ。そうか、リタがいたわね」
他言無用と伝えてもメイドというのは如何せん口が軽い者が多い。今頃はうわさになっているはずだとシトリンがくすくす笑うもので、ソフィアは頭が痛くなった。
「仕方ないわね……。アゼル、あなたはどうする?」
「裁判にはもともと出られない。イレーナとリズベットを連れていけ」
そのかわり、と彼は扉を開けながら。
「あとですべて教えてくれ。一年前、なにがあったのか。……もし私が裁判に出向いて犯人の話を聞けば、間違いなく冷静ではいられないだろうから」
「ええ、約束するわ。待っていて、アゼル」
見送ろうとしたアゼルは彼女たちが馬車に乗って城へ向かおうとするのを見届ける。走り出す直前、彼はソフィアに「出会う場所が違えば、良い友人になれたかもしれないな」と弱々しい笑みを浮かべた。謝罪を口にするのは苦手なのだろう。
「これからでもじゅうぶんになれるわ。あなたにその気があればね」
「……言ってくれる。行け、申し訳ないがあとは頼んだ」
「任せてちょうだい。良い報せを持ってくるわ」
シトリンを御者に馬車は走り出す。車輪が石畳のうえで軽快に転がって小さく跳ねる。陽が昇った雲ひとつない空を見上げて、リズベットが「良い日になるといいね」とつぶやく。コールドマン家にとって結末が明るいものではないとしても。
「本当はここにエイリンもいたら良かったんだけどな。……ソフィアには紹介したかったよ、あの子はすごく優しくて、誰からも愛される子だったからさ」
「私も会ってみたかったわ。きっと仲良くなれたでしょうに」
叶うことのない夢を思い出にして、馬車はほどなく王城へ帰り着く。入口でオクタヴィアと数人の部下が彼女たちを待ち受け、胸に手を当てて深くお辞儀をした。
「お待ちしておりました、ソフィア令嬢。既に準備は整っております、どうぞこちらへ。……といっても、ほとんど形式的なものですが」
「わかってるわ。リズとイレーナも連れて行っていいかしら」
「裁判に直接かかわらないのでしたら問題ないかと」
ふたりはただ傍聴するだけ。それが条件として提示され、ソフィアは頷く。
「大丈夫、私だけで事足りる話だから。行きましょ」
案内を受け、王城内に用意された法廷ではアニエスを含め大貴族と呼ばれる者たちが厳粛な面持ちで迎える。しかし罪人として判決を待つ身であるクレイグはいつもの穏やかさはなく、恨みのこもった目つきでふてぶてしい態度をした。
「お待たせしたわね、アニエス……こほん、女王陛下」
「そう気負わなくていいわ。みんな緊張してるだけだから」
舞台は整っている。あとは追い詰めるだけだ。クレイグは晩に部下たちとは別々に独房へ放り込まれ、今朝にはさっそく裁判が行われるからと引っ張り出されて不機嫌そうにしていた。内心では『どうせ一年前の事件など立証しようもない』と思っているらしい。挨拶をしようと広い法廷のなか、中央に立とうと傍を通ったソフィアにふんっと鼻を鳴らして嘲笑する。
そんな彼をいちどだけ振り返った彼女はベッと舌を出して返し──。
「では改めて皆様に私が何者かを紹介させて頂きます。私はソフィア・スケアクロウズ。──魔女ローズの代理として任を受けた、第二の魔女でございます」