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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第二部 スケアクロウズと冷たい伯爵
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第47話「正すべき過去」

 誰かが傍にいてくれる心強さに安堵して緊張感が和らいでいく。大丈夫だと言い聞かせて、コールドマン邸に到着するまでのあいだには普段通りの落ち着きがあった。


 邸宅の前には馬車があり、今にアゼルがどこかへ向かおうとしているすがたが見える。彼はシトリンたちに気付くと機嫌の悪そうな表情を浮かべて乗り込むのをやめた。


「おはようございます、アゼル様。お時間よろしいですか」

「まさか君たちから来るとはな。今度はなんの用だ」


 馬車から降りて来たソフィアに冷たい視線を向ける。


「ちょっと話がしたくてね。昨晩はあなたも王城にいたでしょう?」

「フッ、君はずいぶんと目立っていたな。私を笑いにでも来たか」


 パーティ会場でのアニエスの宣言が響き渡り、多くの貴族が帰されたなかにアゼルもいた。ソフィアがいては彼も残るわけにはいかず──なにを言い争うことになるかも分からないので──仕方なく帰るほかなかった。


 そのあとに彼女が訪ねて来たのだから、さぞや愉快に違いないと腹の底で勘ぐって喧嘩腰に鼻で笑ってみせる。しかし上塗りして返されたのは哀れみの視線だ。


「そんなことのために来たんじゃないわ、アゼル」

「だとしたらなんの理由があって私に? リズベットではなく」

「……エイリン令嬢の件で、あなたにお願いがあるの」


 目を見開いて驚いたアゼルは彼女がエイリン令嬢の自殺を公表するとでも脅迫に来たと思い「なんのことか分からんが」毅然としたふうに言ったが視線は落ち着きがなく動揺していた。情報源はおそらく女王陛下に違いない、と彼は不安に駆られる。


「ちょっと落ち着いてくれない。私はエイリン令嬢が自殺ではなく殺された(・・・・)と立証するために、あなたの力を借りたくて来たのよ」


 寝耳に水だ。普段は冷静なアゼルも何を言われているかすぐに理解できず「あの子が殺された?」と聞き返すくらいしかできない。


「そうよ、もう調べは済んであるわ。ところで聞かれていい話じゃないと思うのだけれど、ゆっくりなかで話をすることはできないかしら?」


 公になっていないエイリンの話だ。彼は「わかった、そちらを優先しよう」と出かけるのを取りやめて彼女たちを邸内に連れていく。


「どこへ行く予定だったの?」

「王城だ。昨晩の件を謝罪するつもりでな」


 別に彼自身がソフィアを笑ったわけでもなければ、ほかの貴族たちと下らない話で盛り上がってもいないし贈り物を渡したら帰るつもりだった。だがそうも行かなくなってしまい、適当な言い訳を作って帰ったことへの謝罪をしようと考えていた。


「コールドマンは女王陛下に長く仕えてきた、礼節を尽くさず立ち去ったのは私の責任だろう。少なくとも君がいたからと下らん言い訳をするつもりはない」


 応接室へやってきて彼女たちをソファに座らせる。


「……聞かせてくれ、エイリンが殺されたとは?」

「それについては私から説明よろしいでしょうか」


 シトリンが小さく手を挙げた。


「実は以前から、エイリン令嬢が自殺ではないと考えていたんです。互いに名前も知りませんでしたが、町のカフェで仲良くなりまして。いつもあなたやイレーナ様、レヴァリー様の話を楽しそうに語っておられたので、なにかの間違いではと」


 調べるに至ったのは偶然に過ぎない。ソフィアが関わりを持っていなければ永遠に闇へ葬られていた話だ。近衛隊長のクレイグがすべて仕組んだ偽装工作で、今日まで誰も彼が『するはずがない』と決めつけてアゼルたちの責任だと思っていた。擦り付けられた本人でさえもそう感じてしまうほど彼は狡猾だった。


「そうか、あの子は私を恨んでいなかったのか……」


 顔を手で覆う。エイリンに厳しく指導をした、彼女を想ってのことだった。行き過ぎたこともあっただろうと振り返りながら彼はそれでも恨まれていないどころか感謝さえされていたと伝えられて、思わず目に涙を浮かべたのを隠す。


「でも、オクタヴィアからこの国では罪過を成立させるには証拠が必要になると聞いているわ。この遺書はおそらくクレイグが誰かに依頼するかして〝似せて作ったもの〟だと思うの。そのためにエイリン令嬢の書いた本物の字(・・・・)が欲しいのよ」


 アゼルは困ったと腕を組む。エイリンは得意ではなかったので詩を書いたりはあまりしないほうで、字を書くのは手紙を出すときくらいだと彼は記憶していた。「あの子の遺品は多いが、どうだろうか……」そういって俯いてしまった。


「ならリズか、イレーナが持っている可能性はない? あの子たち、エイリンとは仲が良かったんでしょう。特にイレーナはリズよりもいっしょにいた時間は長いはずよ」


「聞いてみよう。……いや、待て。なぜイレーナのことまで知ってる?」

「だって協力してもらってたもの。あなたには内緒でね」


 いつ、とは聞かない。なんとなく想像がつき、ため息が漏れる。今はそんなことを追及しているような場合ではなく「待っていろ」と呆れていた。それから十分ほどしてアゼルが戻って来たとき、傍にはイレーナだけでなくリズベットもいっしょだった。


「聞いたよソフィア、上手く行ったんだね!」

「エイリンの字が必要だと聞いたんだがこれで足りるか?」


 アゼルを押しのけてまで机に置いたのは、いささか拙い字で書かれた手紙──エイリンの名も刻まれている──やイレーナがずっと大切に持っていた日記帳だ。


「エイリンの日記は私が手掛かりはないかと以前に調べていたときのものだ。ずっと持っていたんだが部屋に戻すのを忘れていたよ」


「アタシはエイリンから最初にもらった手紙。内容は短いけど、どう?」


 彼女たちの目は輝いている。ソフィアが完璧と言えるほどの仕事ぶりを見せてきたのだから、あとは突き進むだけだ。


「じゅうぶんすぎるほどよ、ありがとう」


 あとは捏造されたものかどうかを確かめるだけだ。その手段があるとソフィアは言い、彼女たちも今後に行われるであろう裁判に向けて話し合う。やり取りをしばらく眺めていたアゼルは閉めた扉にもたれかかって意気消沈した。


「私は……間違っていたのだな、何もかも」

「ですがアゼル様。間違いのなかには正せるものもあります」


 隣に立ったシトリンは、いつもの無機質な表情で横目に彼を見る。


「何年もかけてようやく気付いて、振り返れば戻らなければならない道は長く遠いかもしれません。しかし大切なものを失ったあなたに、それ以上つらいことなんてありませんよね? できることはやってみるべきですよ。あなたにならできます」


 励まされて、コールドマンの名が泣くと自嘲した。


「まったく返す言葉もない。……できるだけのことはしてみよう」

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